カテゴリー「美術展」の記事

2009年9月20日 (日)

ルーブル美術館展 美の宮殿のこどもたち 

 シルバーウィークの2日目は、会期が23日で終わる「ルーブル展」の鑑賞で、大阪・国立国際美術館を訪れました。会期末の日曜日というともあって、けっこう混雑していました。何の下調べもせずに行ったのですが、展示作品を見ていく中で、だんだんと「こども」をテーマにした展示であることがわかってきました。よく見れば、「美の宮殿のこどたち」というタイトルがつけられていました。「少女のミイラ」からこどものおもちゃまで見られるというけっこうユニークな展示で、しかしその分興味をもって鑑賞でき、大変おもしろかったです。どの時代、どの世界においても子どもの愛らしさは共通で、その子どもを見守り乳を与える母の姿も慈悲に満ちていました。アモーレと呼ばれる「キューピッド」を描くことが好まれたのも、きっと子どもの無邪気さに癒されたかったからなんでしょね。人間は「こども」として誕生してくるからこそ、親の思いや社会の思いがこのような創作意欲をかき立てることができたのだと思いました。しかし、それらとは真逆の作品だったのが「悲しみにくれる精霊」です。泣きわめくこどもはあっても、頭をかかえ悲嘆に暮れる子どもなどありえません。おとなのまねをするパロディとして笑ってしまえばそれまでですが、この作品には決して笑えない悲愴感が漂っていました。というよりも、この子の悲しみに見る者も涙してしまう感じで、こどもがこんなに悲しみに暮れてもよいのだろうかと。なんかいつまでも心に残る作品でした。

「悲しみにくれる精霊」の画像↓

https://aspara.asahi.com/blog/osaka-louvre/entry/y172wrpv0p

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2009年4月11日 (土)

「鑑真和上展」(奈良国立博物館)を観て

 名残の桜と鑑真和上を求めて奈良公園を訪れました。汗ばむような初夏を思わせる日差しの中、奈良公園はたくさんの花見客でにぎわっていました。しかし、一度奈良国立博物館に入ってしまうと、そこは人影も少なく照明を落とした中、ひっそりと天平の気分が漂っていました。Dsc_0313

 そして、再会することができました。鑑真和上像です。唐招提寺でお目にかかってから、もう数十年たっているかと思います。今回はガラスケース越しではありますが、本当に身近に拝見することができました。閉じられた見えない目に、口元は微笑んでおられるようで、「お前も苦難を乗り越えてがんばるんだよ」と癌の転移の告知を受けた自分に語りかけて頂いているようで、とても感動しました。出口の方には東山魁夷のふすま絵が展示されていて、特に海を描いた絵は風や波の音が聞こえてくるようでした。
 
 「花ふぶき満開よりも心打つ」。この俳句は先だって卒業した生徒が作った句です。この句に詠まれた情景をなんとか写真に納めようと、奈良公園内を散策しました。すると風が立つたびに、何百何千という花びらが青空にふきあげられる見事なシーンを観ることができました。生徒が言うように、どこか悲しみに似たはかなさを感じました。散る姿もしっかりと心に残しておいてあげようと思いました。

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2008年11月15日 (土)

国立国際美術館「アジアとヨーロッパの肖像画」を観て

 今秋の芸術鑑賞第2弾ということで、国立国際美術館の「アジアとヨーロッパの肖像 SELF and OTHER」を観てきました。それで知らなかったのですが、今日は「関西文化の日」らしくて、なんと入場無料となっていました。初めて京阪の中之島新線に乗ることもできたし、830円得するしいい日となりました。

 さて、洋の東西を通して、よくもこれだけ肖像画を集めたものだと感心するくらい、そのボリュームたるやすごかったです。著名な絵画は少なかったですが、東南アジア諸国の肖像画など初めて観るものだったし、最後はビデオで登場する自画像や、立体にうごめく顔なども展示され、なかなか極めつけでおもしろかったです。洋の東西で最初、異種の人間に対しての肖像画はあたかもモンスター的だったのが、交流が進むにつれ写実的になり、さらに絵の技法は東洋は西洋を取り入れ、西洋は東洋を取り入れ描かれていく変遷がよくわかりました。そして、グローバルになった現代の肖像画に、「自分っていったい何」という不安や孤独を感じたのは僕だけでしょうか。作品的には、教科書に良く出ている南蛮屏風を間近に観られて良かったです。南蛮船で来港したヨーロッパ人も黒人も、そして日本人も均整がとれた画法で隔たりなく描かれているのが美しく思いました。それから、松木竣介の「立てる像」。巨大に見える若者像と、背景の暗さが妙に気になりました。戦争中の作品ということで、作者の思いを暗示した肖像画なのだろうと思われました。

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2008年7月29日 (火)

「モディリアーニ展」(国立国際美術館)を観て

 「あの名作から、知られざる原点まで」というサブタイトルにあるように、無表情で首が長く、アーモンド形の目をした肖像画の原点はアフリカをはじめとした原始美術にあったということを初めて知りました。一瞬観ただけで理屈のない迫力、おもしろさを感じるのはそのせいだったんですね。また人物、特に女性の姿だけにこだわり続けて描いたというのもすごいことだと思いました。名も無い多くのモデルと向き合って、定型化した画法の中にも、その女性の内面までも浮きだたせようとする画家の苦闘さえ感じることができました。ただ、妻ジャンヌを描いた作品は見つめる目が魅力的に描かれていて、違う情念で画いたことがありありとわかりました。そのあたりは、モディリアーニの人間性を生で触れることができたように思えます。35歳という若さでなくなられたそうですが、展示されていた写真でみると精悍な感じのイケメンで、映画にもなった数々の伝説を生んだことも納得できました。それと絵の解説をたぶん女性の研究者の方が書かれていたと思うのですが、絵の素人にもわかりやすく、やさしい文体で興味を引くように書かれていたのが素晴らしいと思いました

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2008年6月29日 (日)

ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美

 朝日新聞で招待チケットを頂いて、「ルーヴル美術館展」に行ってきました。平日だったので入場で並ぶことはなかったですが、やはり中はほどほどに混雑していました。フランス宮廷の調度品が多く展示してあったことや、いまだにある「ベルばら」人気からか、女性の方が9割以上を占めているように思いました。そう言えばこのような華やかな文化を作りあげさせたのは、ポンパドゥール夫人やマリー=アントワネットなどの女性の力があったからなんですね。多く展示されていた数々の時計や、たばこ入れの小箱にいたるまで金メッキやダイヤモンドなどで装飾をめぐらし、宮廷女性ならではの耽美心や虚栄心そして所有欲の満足をはかっていたのだと思われました。特にマリーアントワネットの持ち物には目を奪われました。MとA(マリーとアントワネット)のロゴが入れられた食器類、それらや化粧道具などをつめた旅行用のケースなど、彼女の美学的なこだわりを強く感じました。ただこれらの贅沢品の数々の背景には、税の負担に苦しんだ農民のうめき声も聞こえてくるような気がしました。すべてフランス革命がおきる少し前の美術品ばかりです。

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2007年12月 8日 (土)

「インカ・マヤ・アステカ」展 神戸市立博物館

 京都「狩野永徳展」、奈良「シャガール展」「正倉院展」に続き、今回はルミナリエでにぎわう神戸で開催中の「インカ・マヤ・アステカ展」を訪れました。最も興味を引いたのは、「マヤタッチ」と呼んでいいぐらいのマヤ文明の独特の表現法ですね。いろいろな形のデザインが組み合わされて、幾何学的に神の姿や模様が描かれていました。展示品の説明にイラストで神の姿が書かれていましたが、威厳さよりもどこか親しみやすさやユニークさを感じることができました。展示物の中に日本と同じような土偶がみられたこともあり、縄文時代の美術とその情念がどこか似ているような気がしました。
 
 マヤ文明がヒスイの文明であったのに対して、インカ文明は、言うまでもなく黄金の文明です。王冠や胸飾りなど、アンデスの山中にこれほどまでの細工をほどこした金製品が作られていた文明があったことに驚くばかりです。驚くと言えば、最後に展示されていたミイラ。しかもこれらのミイラは帽子や衣服を身にまとい、生者と一緒に暮らしていたというのです。信じられません。
 
 今日の展覧会のお土産は「ケーナ」です。これで、「コンドルが飛んでいく」を吹けたらいいのだけど。

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2007年10月27日 (土)

「狩野永徳展」(京都国立博物館)を観て

Resize0112_2  秋の芸術鑑賞第2弾で、京都国立博物館開催中の「狩野永徳展」に行ってきました。そぼ降る京の雨の中、30分ほど並んで館内に入ることができました。展示作品のほとんどが巨大サイズの屏風絵や襖絵で、その迫力にまず圧倒されます。最初は墨絵でしたが、構図の大胆さと同時に、微に入り細に入った書きぶりに感嘆しました。威を張る親虎の横で子の虎が目を細めて眠っている絵なんかは、ほほえましくユーモラスでさえありました。そして、ラッシュアワー並みに混み始めた場所に進んでくると、そこには「洛中洛外図屏風」がありました。これまでの墨絵のモノクロの世界とは打って変わり、金屏風の絢爛豪華さに目を奪われます。観る人はその美しさに、足を止めたままほとんど動こうとしないので、残念ながら近くでゆっくり観ることはできませんでしたが、。数々の屋敷と2500人もの人を描きこんだ画家の恐るべき魂に感服しました。彼をしてここまで描かせたのは、もちろん技量の誇示もあったでしょうが、巨大な城に飾らせたいという戦国大名ら時代の要求につき動かされたこともあったのでしょう。このような仕事をさせた信長や秀吉らの存在も大きい。画家の技量と時代の空気がうまくつながったことが、これほどまでの芸術になったのだと思いました。そして、最後は「唐獅子図屏風」。教科書の写真でしか知らなかったこの絵を、目の前数十センチのところで観ることができ感動です。尻尾や頭など毛の様子が同じ渦巻きで描かれ、しかも左右の獅子でその色を変えているのもよくわかりました。やはり、本物はすごい。 帰りにミュージアムショップで、「洛中洛外図屏風(左隻)」と「唐獅子図屏風」のレプリカを買い求めました。二つ合わせて1万円でしたが、机の上に飾って僕も大名の雰囲気をちょっとでも味わいたいと思います。

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