カテゴリー「テレビ」の記事

2009年11月 8日 (日)

NHKドラマ「チャレンジド」 最終回 ~さよなら先生~を観て

 盲目の中学校教師のドラマ・「チャレンジド」全5話を見終わりました。全体的に実際の教育現場のことを十分取材出来ていなかったせいか、違和感を覚える場面が多くあったことは否めません。

 しかし、主人公の塙先生が、自ら「メロス」となり身をもって生徒たちのために走る姿には、胸が熱くなりました。「生徒のためなら、教師はなんだってできるんだ」と一生懸命にがんばることが、子どもの心を育てることができるのですね。それも決して空回りで独りよがりの頑張りではなく、生徒一人一人のことをよくわかった上でのことでなければなりません。塙先生は目が見えない分、残された感覚と心の目を最大限に使って、生徒たちに向き合っていこうとしていました。それは本当に教師が好きでないとできないことです。目の前にいる子どもから決して逃げないで、自分のすべてをぶつけていくことで、本当の教育ができるのだと、このドラマから改めて学んだ気がします。

 ただ現実にはこのドラマのような物わかりのいい子どもばかりとは限らず、それですべてがうまく行くとは決して思いませんが、「障がい」のある、なしに関わらず、教師は常にチャレンジしていくことは絶対に必要なことだと思っています。

 ドラマの主題歌であるCHEMISTRYが歌う"ONCE AGAIN"もいい曲でした。

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2009年10月17日 (土)

ドラマ「不毛地帯」第一回を観て

 ドラマ「不毛地帯」が始まりました。奇しくも来週からは同じ原作者・山崎豊子の「沈まぬ太陽」も公開され、テレビ、映画で山崎豊子の世界を堪能できることになります。

 そして、この二つの作品に同時に描かれているモデルが、元大本営参謀で戦後は伊藤忠商事の会長にまで登り詰めた「瀬島龍三」です。ただ自分としては正直言って、日本陸軍の亡霊が政界の黒幕的存在となって暗躍したというイメージが強いです。「不毛地帯」の原作を読んでいないので、どのような視点でとらえているのかは分かりませんが、第一回目を見る限りにおいては、主人公の壹岐正(唐沢寿明)が作戦参謀として、多くの人々を死に至らしめたことに責任を感じ、戦後は自分の肩書きが通用しない世界で、純粋に日本の再建につくすというようなモチーフでした。

 しかし、たぶん2回目以降は、山崎豊子お得意の政・財・官をとりまくどろどろした権勢欲の中で、木の葉のように翻弄される人間の姿が描かれるのだと思います。日本の戦後史をたどる上でも、おもしろそうな作品になりそうなので是非これからも注目したいです。
 
 1回目では、やはりシベリア抑留のシーンが印象的でした。父が抑留者の一人だったので、その過酷さは胸につきささりました。およそ人間の平等をかかげた社会主義国とは決して思えぬその非道さに、憤りが高まります。もちろん日本の戦争責任は問われなければなりませんが、人命をもてあそぶような原爆投下やシベリア抑留を正当化することは断じて許せません。

 数万の人が冷たい大地に倒れる中で、主人公は11年間も囚人として重労働に耐え、生きて日本に帰ってくることができました。その精神力は並大抵のものではなかったと思います。過ちをくりかえさせないためにも、この話はしっかり受け止めないといけないと思いました。
 
 キャストも唐沢寿明を始め、原田芳雄、柳葉敏郎など豪華な演技派をそろえ、女性陣も小雪、和久井映見、天海祐希など魅力的な面々で、フジテレビ開局50周年ドラマにふさわしい陣容になっています。それから音楽を坂本龍一が担当しているのも深いですね。

しかし「ふもうちたい」と入力し変換すると、「歩も打ちたい」となるのは何とかなりませんか。

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2009年10月11日 (日)

NHKドラマ「チャレンジド」第1[回 ~熱血教師 再び~を観て

 盲目の中学教師の物語。エピローグで視覚障害を持ちながら教壇に立っている教師は、全国で数百人いると言われていました。このドラマはフィクションのようですが、盲目の先生達が実際に活躍されているということを初めて知りました。

 視力を失い、それでも教師に復帰したいと相談する主人公の塙先生に対して、盲目の教師の会会長である筧先生が「またここに教師バカがいる」と言った言葉が印象的でした。教職なかばで失明した者にとっては、教師として再起をはかるということは、本当に心底教師が好きで、子どもが好きで、並大抵ではない情熱がないとできないということだと思います。しかも思春期まっただ中の様々な問題を抱える中学生とかかわるということは、健常者の教師にとっても困難を感じることが多いというのに、ハンディを背負った教師が向き合っていくということは、想像を絶するものがあります。このドラマでも、教室にたどりつけず誰もいない理科室で自己紹介を始めたり、目が見えないことをいいことに先生をからかう生徒が登場したりします。それでもくじけない塙先生の前向きな姿は感動的です。盲導犬、音声を読み上げてくれるパソコン、点字の出席簿などの助けを借りて、なんとか困難を乗り越えようとしていきます。

 題名になっているチャレンジドはアメリカでは障がい者を意味しているそうで、障がいは個性ではなく力であり、新たな力でチャレンジしていくことが、神様から与えられた使命ということ。マイナスと思ってしまうことも、人間というのは少し見方を変えてみると、それは逆にすごい力になるということを教えられました。また誰の助けも借りずに一人だけでがんばろうとするのではなく、できないことはできないこととして、みんなに助けを求めていくこと。支え合うのも人間ができる姿なんですね
 
 しかし、塙先生の学校の教師集団の冷たさはあまりにもひどい。自分から担任を任せたのだから、校長ももっとフォローすべきだろう。たぶんストーリー上の設定だとは思いますが、あれでは障がい児教育も人権教育も何もまともに行われない、能力主義、競争主義だけの学校になってしまいそうで恐ろしく思いました。
 
 塙先生役の佐々木蔵之介。僕の好きな俳優さんでもありますが、突然視力を失った苦しみを乗り越え、体一杯に生きる姿をほとばせている演技に好感を持ちました。妻役の富田靖子。夫の目が見えなくなってしまう前に、泣きながら化粧をして自分の一番美しい姿を見せようとする場面には、涙があふれてきました。

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2009年9月27日 (日)

NHKドラマスペシャル「白洲次郎」 最終回 ~ラスプーチンの涙~

 前2回放送以来の6ヶ月ぶりに「白洲次郎」と再会することができました。ただ、これまでの颯爽たる生き方に魅せられた者にとっては、最終回の策士のような老獪な雰囲気には、正直言って違和感を覚えてしまいました。

 新聞記者からも、人脈をてこにして私利私欲をはかろうとするロシアの怪僧「ラスプーチン」になぞらえられていた白洲次郎。もちろんそれは、歳を重ねたことと、連合国側と丁々発止とやりあい中でどうしても手練手管に走らざるを得なかった事情があったことと思います。

 しかしそれでも、傲慢と言われようが占領支配という屈辱の中で、なんとか日本の立場を貫こうとした彼の姿勢は少しも変わっていませんでした。憲法改正で日本案が連合国側に受け入れられないと分かっていても、自らの使命として日本案の正当性を主張していました。外国企業に広畑製鉄所の売却に走ったのも、日本の復興のためには金がいると考えたからに他なりません。

 ただ、彼の行動力をみこんで最前線に送り込みながらも、いざというときになって「はしご」をはずしてしまうという政治の非情さに、白洲は利用されたようにも感じました。そうであっても、彼を突き動かしたのは「俺は日本のこやしになる。こやしは臭ければ臭いほど土壌をこやす」という言葉のように、戦争で死んだ者への責任として、泥をかぶってでも自分にできることはやるという思いがあったからに違いありません。

 彼は日本人らしくない日本人と言われながらも、日本の独立のために生き抜いた誇り高い日本人だったと言えるのではないでしょうか。講和会議の吉田茂の演説原稿を日本語に直し、トイレットペーパーのような巻紙にしたのも、彼らしい筋の通し方だったと思いました。

  次郎役の伊勢谷友介。世間に誤解されながらも、自分のプリンシプル(信念)に従って生きるという難しい役でしたが、味のある深い演技だったと思います。妻・正子役の中谷美紀。次郎と張り合うぐらいの自由奔放の姿を魅力的に演じていました。

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2009年7月25日 (土)

ドラマ「オルトロスの犬」 第一回を観て 

 満を持してという感じにふさわしく、ようやくTBS金曜ドラマ「オルトロスの犬」が始まりました。「ショーランナー」という複数の脚本家が、各シーンを持ち寄り競わせてストーリーを展開させるという実験的なドラマ制作も見所のひとつになっています。第1回を見た限りではよくわからなかったですが、そう言われれば雰囲気の異なるいくつかの要素に分かれている気もしました。死刑囚・竜崎臣司に女性刑事・長谷部渚が会いに行くシーンは「羊たちの沈黙」のレスターとクラリスの雰囲気に似ていたし、悪魔の手を持つ碧井涼介と、神の手を持つ竜崎が互いの超能力を「化け物」と呼んでいた場面は、NHKドラマの筒井康隆原作「七瀬再び」の雰囲気に似ていたようにも思います。たぶんそんな細かい事だけではなく、複数の脚本家のイメージにより予想もつかないミステリーにこれからなっていくような気がします。
 
 碧井涼介演じる錦戸亮。優しい心の持ち主であるのにもかわらず、いとも簡単に人を殺せてしまうという矛盾と葛藤を表現しなければならない難しいキャラとなりましたが、いままでにないシリアスな演技が期待されます。竜崎臣司演じる滝沢秀明。ほんとにいろいろな役を演じることのできる力量が備わってきたと思います。今回は彼の魅力である笑顔を封印して、エゴイストのキリストというような感じの、絶対にありそうにも無い悪人になりきらねばならず、どんな演技をしてくれるかが楽しみです。

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2009年7月12日 (日)

NHKドラマ「リミット 刑事の現場2」 第1回 ~その男は悪魔~を観て

 刑事の現場の第2シリーズ・「リミット」が始まりました。今回もベテラン刑事と駆け出し刑事とのせめぎあいをベースにしながら、所轄と本部、組織と個人、加害者と遺族、キャリアとノンキャリアなど様々な構図を描いていきます。

 特に今回は、刑事という仕事の目的を「市民を守るため」と言う若手刑事に対して、「警察は警察を守るために仕事をしているだけだ」とその正義感をベテラン刑事が一蹴するところが印象的でした。 若い頃は夢や希望を求め張り切っていたはずなのに、経験と歳を重ねるにつれ現実と生活の重さにうちひしがれ、いつしか一枚一枚脱ぎ捨てるかのように、夢も希望も置き去りにしていくというのが人生のようにも思えます。 しかし、ベテランは青臭い夢は枯れても、自分の仕事に自信や誇りがあるはずだし、このドラマでも周りがどうあれ、刑事としての生き方を示している姿を感じることができました。

 また今回はインターネットや無差別殺人などを絡めていく中で、生きにくくなった現代社会の人間が抱える闇の部分を、登場人物の過去を通して展開していくようです。 
 森山未來演じる優秀な若手刑事は、前回よりも刑事姿が板についてきたように思いました。また意地を通すだけではなく、おりあいをつけようとする大人ぽっさも出てきたようです。
 ベテラン刑事役の武田鉄矢はどうしても「金八先生」のイメージが抜けなくて、刑事になかなか見えないのが難ですが、その説教ぶりは健在です。
 誰でも良かったと殺された被害者の遺族の無念さを、斉藤洋介が見事に演じていました。「どうだ俺はこれだけ社会を憎んでいるのだ」と顕示したいがために、何の罪もない人の命や家族の命や幸せを奪っていく犯罪者。そんな犯罪者に対して「優しさによる救済か、憎しみによる厳罰か」というドラマのテーマは裁判員制度が始まり、刑事だけではなく我々市民が犯罪をどうみるかという問題にもかかわってきそうです。

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2009年5月30日 (土)

NHKドラマ「ツレがうつになりまして」第一回を観て

 かつて悪性腫瘍の手術後、次から次におそう痛みや不眠に絶望的な気分におちいり、たぶん薬のせいもあったでしょうが、壁一面に字が書いてあるように見えたり、外の景色を見ても家々が人の顔に見えたりした時がありました。そのとき担当のナースに「あなた、まじめすぎるんじゃない。ちょっと不良が入る方がいいよ」と言われました。このドラマを見てそれと同じ言葉を、原田泰造演じるツレと呼ばれる主人公にもかけてみたくなりました。

 すべて自分で抱え込み、仕事の失敗も人を責めないで自分のせいにする、几帳面でまじめで、自罰的な性格。それで順調にいけば、きっと一つのことをきっちりと成し遂げられるのでしょうが、個人がひとつ、ひとつ積み上げてきた積み木を一度に蹴倒してしまう非情さに満ちた現代社会では、誰でもが落とし穴にはまり変調を来すことが起こることは容易に想像できます。バリバリ働いてはずの自分がなぜこうなったんだろうと、涙を流す主人公を見て本当に心が痛みました。それとは逆に、藤原紀香演じるテンさんと呼ばれる奥さんの気ままな生活ぶりには笑ってしまいました。主婦失格とか、何をやってもだめとかそれなりに悩みを持ってられるようだけれど、それほど深刻になる気配もない。今まで頼り切りになっていた夫がウツになって、さぁこの妻はどうするか、次回からの展開が待たれます。「決して気分転換を図ろうとはしてはいけない。気分転換できなくて、余計に申し訳無いという気持ちが強くなるから」と風吹ジュン演じる精神科医の言葉にも、耳を傾けたいと思います。

 起き抜けでほとんどすっぴんのような藤原紀香を見て、いつもの華やかさとは違うコミカルでいて、どこか哀れさも感じる素顔の演技を感じました。人の良い性格から、自分を追い詰めてウツにおちいるまでの変化を原田泰造が、ていねいに演じていたと思います。

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2009年3月30日 (月)

ドラマ「DOOR TO DOOR 僕は脳性マヒのトップセールスマン」を観て

 アメリカで脳性マヒという「障がい」を乗り越え、トップセールスマンであり続けたビル・ポーターさんを描いた『きっと「イエス」と言ってもらえる』のテレビドラマ化。
 
 「働く」ということが人にとってどれだけ大事なことか、よく伝わったドラマでした。
働くというのはただ食べていくためのものではないのです。働くことで自立し、初めて自分が社会に認められるのだということ。障がいを持つがゆえに、主人公にとってのその気持ちはより強いものがあったのだろうと思います。しかし、身体が不自由で言語障害もある者がセールスマンをするということ自体、並大抵ではない気力と勇気がいっただろうことは想像を絶するものがあります。「やりたいことと、できることは別だ」という言葉が出てきます。その仕事が自分のやりたいことではなくても、できるように努力をすればきっと自分の仕事になるというような意味だと思います。やりたい仕事ばかり追い求めていては、いつまでも続けられる仕事には出会えないと。とにかく、与えられた目の前の仕事にベストをつくしてみるということ。主人公は何度もはねのけられようとも、「ピンチをチャンスにする」という前向きな態度で、ついにはその誠実さが顧客の心をつかんでいくのです。ニートと呼ばれる若者達にもぜひ観て欲しいドラマだと思いました。
 
 ドラマ「マラソン」に引き続いて、障がい者を演じた二宮和也。不自由な身体表現の中にも、ひたむきな姿をにじませたいへん感動させてもらいました。

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2009年3月22日 (日)

フジテレビ開局50周年記念番組『黒部の太陽』・前編を観て

 熱いドラマでした。ひさしぶりに「男」という言葉を聞いたような気がします。「お国のためという言葉で俺たちをあおるのはやめてほしい。俺たちは俺たちの意地と誇りのためにトンネルをほるのだ」という主人公の土木屋の親方である倉松仁志(香取慎吾)の言葉が胸につきささりました。ややもすると失われつつある日本人としての、そして男としての自信と勇気を、もう一度このドラマは感じさせてくれました。

 戦争の影から何とか抜け出そうとしてもがいていた日本。その中で国民を裏切ってはならないと、電力不足を克服しようと必死の思いで大プロジェクトを立ち上げた電気屋・関西電力、この事業を沽券にかかわると引き受けた土木屋・熊谷組、そしてその下請けのトンネル屋の職人達がいました。彼らがひとつのチームとなって、トンネル工事に立ち向かっていった姿は感動的でした。そこには壮大な事業を完遂させようとする、男たちの魂があったのです。いつ破砕帯にぶつかり地下水が噴き出してくるのかと、戦々恐々と見入ってましたが、工期を遅らせまいと何があっても、1mでも掘り進めようと前進する人々に熱いものがこみ上げてきました。仰々しい美化した目的などいらない、ただやりとげることだけに命をかけた男たちのいたことを忘れてはならないと思いました。

 映像作りにおいては、黒部の美しい自然を時折挟みながら、その地中で繰り広げらる人間と自然との格闘を対照的にうまく描いていたと思います。またトンネル工事の専門用語の解説がテロップで流され、たいへんわかりやすかったです。

 親方を演じた香取慎吾。彼の持つお茶目なキャラとは裏腹の男っぽい演技が要求される役どころでしたが、岩盤に向き合う熱いまなざしが素晴らしかったと思います。

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2009年3月 8日 (日)

NHKドラマスペシャル「白洲次郎」第2回 『1945年のクリスマス』を観て

 この人はやはり違うと思ったのは、自分に来た召集令状を知人の軍人に頼んで握りつぶしてもらったところです。「自分の一片さえもこの戦争に捧げることはできない」、この言葉が印象的でした。軍人でもない百姓が戦争に役立つはずがない、外交も政治も知らない軍部が始めた戦争には何の意味もないと。それぞれの人間には与えられた使命があり、それを果たしてこそ、価値があるのだというのが彼の矜持だと思いました。その考えを浮き彫りにするかのように、対角線上に配置されていたのが近衛文麿のようでした。リベラルでありながら、敵をつくることを恐れ言うべきことを言えず、結局は流れに飲み込まれてしまいました。そして、白洲次郎の面目躍如たる戦後の歴史が始まります。「唯一従順ならざる日本人」として、GHQに卑屈にならず渡り合う姿は本当にカッコ良く思えました。吉田茂の「戦争に負けて外交で勝つということもある」という言葉がありましたが、まさしく彼の行動は日本人として守るべきものは守る、言うべきことは言うという姿勢を貫いたのだと思いました。しかし、彼の周囲にはなんと魅力的な人間の多くいたことか。川上徹太郎、青山二郎、そして妻の白洲政子。いずれも世俗に染まらない生き方が、互いに真実を見極める目を育てていったのでしょうか。
 
 独特の空気と音楽でドキュメンタリータッチになることなく、人間ドラマとして成功したと思います。浜田真理子が歌う『しゃれこうべと大砲』は、言いようもない挫折感や悲しみの中に、はいあがってくる人間の姿を感じることができました。NHKに要望です。最終回が早く観たいです。8月の終戦記念番組にするのかもしれませんが、なんとか来月ぐらいにしてもらえないでしょうか。

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2009年3月 1日 (日)

NHKドラマスペシャル「白洲次郎」第1回を観て

 白洲次郎の生涯をドラマ化した作品(全3回)。

 最近いろいろなジャンルで白州次郎という名前をよく見かけていました。なぜ今白洲次郎なのか、その理由がこのドラマを観てわかったような気がしました。それは優柔不断で自分のなすべきことをなさぬままに、政治を投げ出す政治家が相次ぐなかで、白洲次郎は主義主張にとらわれず、自らの言うべきこと、なすべき事を相手かまわずに挑んでいった人物だったからです。英語を自由に操り、スポーツカーを乗り回すなど日本人とは思えないかっこよさが異色でしたが、少年時代育った関西の風土と破天荒な父親の性格が影響して、白洲次郎にホンネでものがいえる気質が育っていたからに違いないと思いました。底流にある関西人の合理主義と、イギリス留学で培ったジェントルマン精神が、気骨のある生き方につながったとも言えるのではないでしょうか。 「正しいという漢字は一つの所に止(とど)まると書く」という言葉がドラマで紹介されていました。自分の良心や、自分の信じることに従って生きることが正しことだと。人生はそんなに甘くはない、人との駆け引きやバランスが大事だということもわかるのですが、国民のリーダーとして望むべきはそんな信念を持つ人物ではないかと思ってしまいました。第1回は時間の流れが速すぎて、白洲次郎とはいったい何をした人物かよくわからないままに終わりましたが、第2回以降の彼の真骨頂である戦後の活躍が楽しみです。
 
 大友良英が無国籍風な音楽で雰囲気をつくり、白洲次郎を演じた伊勢谷友介が戦う紳士のイメージでドラマを作りあげていました。

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2009年2月22日 (日)

NHKドラマ「ガラス色の恋人」を観て

 日本放送作家協会主催 第32回創作テレビドラマ大賞受賞作。沖縄の琉球ガラス工房で働く小日向美波(吹石一恵)のもとに、ガラス造りに魅せられた大学生・月野圭介(崎本大海)が訪れる。その後、圭介に移植された心臓は、美波の亡くなった恋人・笠原英貴(瀬川 亮)の心臓だったことがわかり・・・・。
 
 小説やテレビドラマで、心臓移植された人の性格が心臓提供者の性格と似てくるという話を聞いたことがあります。実際にもそのような事実があるようで、「記憶転移」というそうです。このストーリーもこの話を一つがモチーフになっています。圭介が初対面の美波に出会った時、驚いて思わず手にしていたガラス瓶を落としてしまったり、英貴が言った同じ言葉(「細胞レベルでいやされる」)を圭介が口にするというシーンです。

 しかしこのドラマはその不思議さと、二人の奇跡的な出会いが大きなテーマになっているのではなく、ガラスの再生に重ね合わせて、人間の命のつながりと生きることの喜びを表現しているのだと思いました。亡くなった人の命は、このドラマでは象徴的に心臓なんですが、あるいは言葉であったり、あるいは思いであったりして、自分の命そのものの中に生き続けているのだと。だから自分だけの命ではない、ゆえに命をかつぐのは重いけれど、しっかりと自分を生きることが命をつないでいくことになるのだと。それに気づいた美波と圭介は、まさに新しい人生への再生をはかったのだと思いました。沖縄の美しい海と、沖縄の心優しい人たちがいっそうこのドラマを感動的にしていました。短編なのに素晴らしい脚本だと思いました。
 
 荒削りだけど、恋人の面影を胸に真摯に生きようとする美波役を、吹石一恵がとても魅力的に演じていました。

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2009年2月11日 (水)

テレビ朝日開局50周年記念ドラマスペシャル「警官の血」 を観て

 佐々木譲原作、「警官の血」テレビドラマ化作品。2夜連続放送、脚本・監督は鶴橋康夫。
 
 昨年、上下2巻という大部の小説を買い、読み始めで普通の警察小説とは雰囲気がどこか違う、歴史小説かドキュメンタリーなテイストについていけず結局断念しておりました。それが今回のドラマで、幸いにもその後の展開を観ることができて、勧善懲悪とか人間愛とかで簡単に言い含めることができない、この作品の深さを感じることができました。一つの家系を追うという定点観測のようだけれど、そこには数々の物語がありました。一つは三代に渡り、警官の正義とは何か、警察官の魂を追い求めていった物語があり、一つは警察という組織の闇の部分に素手で向き合わねばならなかった物語があり、一つはその時々の歴史に翻弄される人間の物語があり、そして、通奏低音のように響く戦争の影がありました。何が良くて、何が悪いとか、誰が善人で、誰が悪人かといような単純なものではなくて、人間が抱える闇の部分や、保身に走る組織の実態、その中で生きねばならない苦悩というものをありのままに描かれていました。その意味で娯楽作品にはない重厚なドラマだったと思います。 

 三代の警察官を演じたのが、江口洋介・吉岡秀隆・伊藤英明という豪華キャストで 、初代の純朴さ、2代目の繊細さ、3代目の剛胆さのキャラをそれぞれの持ち味でよく表現していました。三代に渡ってかかわり、戦争を引きずって生きなければならない刑事役の椎名桔平、年齢を重ねていく演技が見事でした。

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2008年11月16日 (日)

ドラマ「告知せず」を観て

テレビ朝日開局50周年記念ドラマスペシャル。今年度芸術祭参加作品。
自分の最愛の妻が末期ガンと知った時、医師である夫は告知できるのかを訴えたドラマ。

 告知することが医師の義務とするならば、医師・長谷川誠至(渡哲也)がなせなかった事は、自己中心的な考えのように思われてしまいます。主治医となった患者や家族には、そんな斟酌(しんしゃく)しないでためらわず告知するからです。告知をし医者と患者が、最後まで同じ目線で病気と向き合っていくことが、医療だと思います。このドラマでも妻十央子(高畑淳子)がなぜ自分が死んで行かねばならないのか知らぬままに、最期を迎えましたが、それで本当に良かったのか、それで本当に妻は幸せだったのか、僕にはわかりません。告知されることで、残された日々をどのように生きるかを考えることもできたはずだろうし、家族も苦しい演技などせずに、寄り添っていけた様にも思うのです。ただ、すべてがそうすべきだとも思えません。このドラマのように、常に家庭の太陽であり続けることが妻の幸せだと考えた夫の気持ちや、夫婦の生き方も大事にする必要があるからです。告知を含めて生と死の問題については、やはり考え続けることが答えなんだろうと思ってしまいます。

 妻役の高畑淳子。最後まで太陽であろうとした演技が胸にせまりました。明るさも意志の力であることを感じさせてくれました。息子役を演じた滝沢秀明。研修医の白衣がよく似合っていましたが、父親に対して医師であるべきか夫であるべきなのかを問う、その苦悩をよく表現できていました。

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2008年10月18日 (土)

ドラマ「流星の絆」第1回を観て

 東野圭吾原作「流星の絆」ドラマ化作品。

 原作本の方の感想は
http://hishiya.cocolog-ifty.com/mokumoku/2008/06/post_3177.htmlを良ければお読みください。ストーリーの展開といい、登場人物のキャラクターといい、「流星の絆」というドラマチックな題名といい、テレビドラマにするにはぴったりの作品だと思っていましたが、東野ワールドを宮藤官九郎ワールドに変換するとこうなってしまうのかと、驚愕せざるをえませんでした。原作にはないアップテンポでハチャメチャな雰囲気のストーリーの挿入は、「なんなんだこれは!」と思いながらも、笑いのツボをつかまえられてついつい引き込まれてしまいます。クドカン流にデフォルメされた3兄弟のキャラも、 二宮和也・錦戸 亮・戸田恵梨香の持ち味によくあっていると感じました。冷静だけれどこだわりの強い長男巧一、軽くてノリのいい次男泰輔、開花しそうな魅力を秘めていそうな妹「シー」。こんな風に原作とは違う楽しみ方ができそうな気もしますが、大事なところでは原作の本流にはしっかり戻されているので、これからいかに3人が協力して、犯人と対決していくかが見物です。

 心の底が見えにくい長男・巧一役を、二宮和也が好演しています。

 

  

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2008年9月21日 (日)

ドラマ「なでしこ隊」を観て

 少女達と戦争と言えば、真っ先に沖縄の「ひめゆり部隊」を思いおこしますが、このドラマを見てかつて「なでしこ隊」と呼ばれた少女達がいたことを初めて知りました。
 
  太平洋戦争末期、陸軍航空隊の特攻基地だった鹿児島県「知覧」。その基地で28日間、特攻兵の身の回りの世話に当たり、出撃した109名の最期の姿を見送った知覧高等女学校の少女達がいました。彼女たちこそが「なでしこ隊」。
このドラマは彼女たちの姿を戦中・戦後にわたり描いていきます。

 「軍神」とあがめられていた特攻兵たちの世話ができると、最初興奮していた軍国少女達ですが、基地には「軍神」などいなかったのです。そこには死にたくないと思いながらも、その思いを断ち切り、肉親にも告げることなく出撃していった生身の若者たちの姿がありました。彼女たちが「決して涙は見せてはならない」と言い含められていた理由もそこにあったのです。夢や希望を置き去りにし、2度と帰らぬ人となる特攻兵たちをただ見送ることしかできなかった15歳の少女たちにとって、そのつらさ、残酷さは想像するにあまりあるものがあります。逝く者も、残される者も悲惨な決別を強いられる、それが戦争。
 
 少女達が桜の枝を振りながら特攻機を見送る写真は、幾度か見たことがあるのですが、その1枚の写真にドラマがあったことも今回初めて知りました。写真の特攻機に搭乗し敬礼しているのは穴澤利夫少尉の最期の姿。穴澤少尉は当時婚約者がいて結婚式の日も決まっていたにもかかわらず、特攻隊として出撃していったのです。そのとき少尉が首に巻いていたマフラーは婚約者から送られたものでした。出撃前夜、穴澤少尉が婚約者にあてて書いた手紙が紹介されていましたが、涙があふれてとまりませんでした。もう一度読みたい本や、見たい絵などが書かれ、そして最後に恋人に会いたい、話したい、無性にと赤裸々な胸の内をつづり、彼女の幸せだけをこい願うとしたためた穴澤少尉、どれだけ無念だったことか。また、教師になることが夢だった本島圭一少尉(成宮寛貴)、自分という人間がいたことを忘れないでいてほしいと、自分の写真を託して散っていきました。主人公の前田笙子(成海璃子)の「なぜ罪の無いものが、傷つかねばならないの」という悲痛な叫びに胸がしめつけられました。63年前に生きたくても生きられなかった若者達がいたことを我々は、決して忘れてはならないと思いました。生存されている方々も多く登場し、作り事ではない事実の重みを十分感じさせてくれる作品でした。

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2008年8月 3日 (日)

NHKドラマ「帽子」

 NHK広島開局80年記念ドラマ。呉市で帽子屋を営む高山春平(緒形拳)は、東京に住む息子家族とも疎遠な一人暮らし。その春平の家の警備を担当するのが河原五郎(玉山鉄二)。ひょんなことから、子どもであった河原を捨てて東京へ駆け落ちした母親が、春平がかつて結婚まで考えていながら、別離してしまった胎内被曝者の女性・世津(田中裕子)であることがわかる。しかし、世津は今ガンにおかされ、余命三ヶ月と知らされたことから、二人は一緒に東京に向かうことになるのだが。
 
 一度、呉市を訪れたことがあります。その時入った食堂のおばちゃんが、「このあたりもだいぶさびれてしもうた。昔は造船でにぎわとったんじゃけどな」と言われていました。その言葉通り、かつては船員や学生相手に帽子屋も忙しかったのでしょうが、今では春平の店も、さびれる一方。その中「息子が東京から帰ってきて家をついでくれるんじゃ」と、老人仲間に強がって語る春平の姿が切なく思えました。一方、警備員の河原も家業の医者を継げず、捨てられた母への憎しみも忘れられず、ただ自分に自信なく働く毎日。そんな二人を変えたのが、世津との再会でした。胎内被爆者であることを理由に、言われない差別に耐え忍んで生きたきたと思われるのに、また余命三ヶ月といわれながらも、「今は幸せ」と言い切る世津の姿がなんともいえませんでした。その世津を支えたのが、かつて春平からもらい受け大事に持っていた「帽子」にありました。何年たっても型くずれしない職人が丹精込めて作りあげた「帽子」には、物以上の力があったのです。そして
忘れられぬ春平への思いで世津がその帽子をみつめていたことも、春平にも痛いほどわかったはずです。切り離れた二人を「帽子」がつなぎとめてくれていました。そんな世津にはげまされた春平は、かつて世津を引き留めらなかった取り返しのつかない過去に決着をつけ、明日を考えず、目の前の仕事に打ち込む自分を取り戻します。また、河原も被爆者である母のつらい思いを知ることで、「会って良かった」と自分の仕事に自信を抱くようになります。
 
 このドラマは原爆にかかわる物語でもありますが、その悲劇に正面から向きあうことはしないで、苦しい中でも「のほほん」と生きてきた人間の強さ、誇り、絆というようなものを静かに感じさせてくれる作品でした。そして「食べるということは大変なことじゃ」と息子夫婦と同居を願う老人の一人暮らしの寂しさもよく伝わってくるドラマでもありました。
 
 緒形拳さん、いつしかこんな老人役が似合うようになったのですね。しかし、かたくなに帽子作りを愛する職人の姿を好演しておられました。世津との再会の場面はこみあげてくるものがありました。玉山鉄二さん、屈折した心を持つ若者の姿をうまく表現していたと思います。

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2008年6月15日 (日)

ドラマ「古畑中学生」を観て

 「古畑任三郎」の中学時代のエピソードを描いたドラマ。山梨県の山村にある中学校に転校してきた古畑任三郎(山田涼介)は、推理力の腕を買われて村に探偵事務所を開くことになる。そこに次々と依頼人が現れ、問題解決にあたっていくが、その中で村に隠し埋蔵金の言い伝えがあることがわかり、暗号文の謎解きに挑戦していくのだが・・・・。
 
 古畑任三郎(プロローグに田村正和が登場)に影響を与えた人物を回想するというモチーフで始まりますが、その人物が誰なのかは最後までわからないようになっています。またいつもの「古畑任三郎」のように、犯人を最初に明かしておいてから追い詰めていくという展開ではなく、おもな登場人物のすべてに伏線をはりめぐらせておいて、一挙に線をつなぎあわせるという手法でした。観ている方にとっては、無関係に見えるいろいろな依頼に何かありそうだということが、小出しに示されていくので、展開がなかなか見えてこない???の連続ですが、今回は「シャーロックホームズ」のパロディ路線ということでそれなりにおもしろかったと思います。できれば教頭先生の役まわりなど、もうひとひねり欲しかったところではありますが。

 この作品も昭和ブームのひとつであるかのように、本間千代子のポスターや、おそ松くんの掲載された「少年サンデー」、観光地のペナント、教室の木の机などが登場していてなつかしく思いました。ただ昭和18年の中学校の卒業アルバムというのが、新制中学校に残っているというのが不思議な気はしましたが・・・・。

 古畑役の山田涼介君ですが、向島君に対する人使いの荒さなどが、今泉刑事に対するのと同じで、そのクールさが「古畑任三郎」を彷彿させてくれる演技でおもしろかったです。下唇をかむ癖以外に、いつものポーズの片鱗もちらっと見せてくれていれば、もっと受けたと思います。

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2008年5月18日 (日)

ドラマ「CHANGE」第一回を観て

 「華麗なる一族」、「HERO」とキムタク主演のドラマを観てきましたが、企業家、弁護士ときて今回の「CHANGE」ではついに政治家を演じることになってしまいました。もちろんタレント議員としてでは無く、国会議員だった父親の急死にともなう窮余の策として担ぎ出された小学校の先生という役どころです。しかも、第一回を観る限りにおいては、政治慣れした深津絵里扮する秘書や、選挙プランナーの阿部寛らが辣腕ぶりを発揮する中で、全く政治素人のただまごつくばかりの若者として描かれていました。キムタクのいつものカッコ良さはありませんが、きっとこれから「世の中に必要な悪などあってはいけない」というセリフ通り、子ども達にこれまで教えてきた当たり前の感覚で、どろどろした政治の世界にまっすぐにぶつかっていく姿を演じてくれるものと期待しています。
 
 ドラマ中、15歳以下の子どもの数よりペットの数の方が多いとか、1年間におこなわれる選挙の数は3700もあるとか、興味ある話も出てきて、これから公民で政治を学ぶ中学3年生にとっては、国会議員の仕事を知る勉強にもなるようにも思うのですが。

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2008年3月31日 (月)

NHKドラマ「刑事の現場」 最終回 ~バスジャック~

 「刑事の現場」最終回は、県警と所轄署のせめぎ合い、そしてベテラン刑事の物事を見極めた持ち味と、結果を恐れない新米刑事の大胆さが対照的に描かれて、おもしろい作品になっていました。特に若い加藤刑事(森山未來)が、上司の伊勢崎刑事(寺尾聰)に向かって、伊勢崎の非を述べ立てる場面が良かったです。不実を許さない若者らしい正義感が満ちあふれていたし、それを聞いた伊勢崎の「わかった、おまえの好きなようにやれ。しかし、命は大事にしろ」というセリフには、先輩刑事としての強い思いがしっかり込められていました。このような関係の中にあってこそ、世代交代がうまくなされいていくのだと思いました。どの職場にあっても、若者が若者らしく元気あふれるように働き、ベテランは若者の良さを受け止めてやりながらも、方向をあたえてやれることが大事なんでしょうね。単なる刑事ドラマでは終わらない、社会を振り返らせてくれるいい作品でした。
 
 森山未來君、熱血はもうはやらない時代にあって、その食い入るようなひたむきな目が良かったです。

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2008年3月20日 (木)

2夜連続ドラマ「東京大空襲」を観て

 日本テレビ開局55年スペシャルドラマ。東京の下町の病院を舞台に暮らしていた人々が、1945年3月10日の東京大空襲のさなか、いかに生きいかに亡くなっていったかを二夜に渡り描く。
 
 戦後60年が過ぎ、原爆と相当する犠牲者を出しながらも、空襲の有様についてはその記憶が薄れかかっている中、このようなドラマが放映されたことは、決して忘れ去ってはならない悲惨な事実をもう一度、心に焼き付けることができたように思えます。
 
 最初、見慣れた人々が登場してくるせいか、戦時中とは思えない何か違和感を覚えたのですが、空襲が始まったとたんにそれは一変します。アメリカ軍の爆撃が2段階に渡る都民の「皆殺し作戦」であったことが、明らかにされていきます。第1次爆撃で周辺部を焼夷弾で焼き払い、中心部の安全と思われたコンクリートの建物に避難してきた群衆を、今度は第2段階で無差別に絨毯爆撃するというものでした。特に隅田川にかかる「言問橋」を渡ろうとして群衆が身動きできなくなった中、業火がなめつくすように人々を襲う場面は地獄絵そのものだと思いました。3月10日に出産を待ち望んでいた夫婦、疎開で別れた子どもと再会できることを楽しみにしていた母親、二人で幸せに生きることを誓った恋人たち、これらのさやかな希望や夢を無残にも一瞬にして奪いとっていったのです。最後に堀北真希演じる看護婦がアメリカ軍機に向かって「もうやめて、どんだけ人を殺せば気がすむの」と絶叫する場面が胸に突き刺さりました。
 
 情感だけに流されず、事実を丹念に調べ上げてつくられたドラマであっただけに、訴えかけることは大きいように思えました。ガラス細工の中に「一瞬の空気を閉じ込めた」というセリフがありましたが、愛や平和をいつまでも閉じ込めておける社会であることを願わずにおれませんでした。

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2008年3月16日 (日)

NHKドラマ「刑事の現場」~48時間の壁~

 毎回、現代社会に生きる人間と向き合う、秀作番組を制作され続けているNHKの土曜ドラマシリーズですが、今回は団塊の世代の大量退職に伴い、ベテラン刑事の喪失が危惧されている「刑事の現場」が舞台です。この問題は我々「教師の現場」も同じことで、ベテラン教師がいかに若い教師に教育技術や、教師魂を伝達できるがここ数年の課題になっています。そのような思いで、ベテラン刑事の伊勢崎彰一(寺尾聰)が、新米刑事の加藤啓吾(森山未來)を、一人前の刑事に仕立て上げていくのかを興味深く観ています。
  第2回のストーリーは、放火事件の捜査中に公務執行妨害で逮捕した容疑者が加藤刑事の小学校時代の担任であったことがわかり、動揺する加藤に対して、伊勢佐木刑事は、あくまでも刑事は被害者の無念さを晴らすために働くのだと諭します。そして、自分の刑事としての姿を見せて学ばせようとするのです。特に、警察のミスで事件を事故としてあつかったことに、深々と謝罪する伊勢佐木の姿を見て、加藤が一緒に頭を下げる場面がいいですね。権力を笠に着るのではなく、なんのための警察かを身をもって伊勢佐木は教えたのだと思いました。また自らはお膳立てをしておいて、一番重要な取り調べは加藤にやらせるあたりもさすがですね。
 今回は寺尾聰が出ておられるせいか、映画「半落ち」に少し雰囲気が似ていたような気がしましたが、それぞれの人の思いや息づかいが、48時間という緊迫感の中でよく表されていました。森山未來の内面をシャイに表す演技がいいですね。個性派ぞろいのベテラン俳優に囲まれて、このドラマがまさに森山未來も様々に学んでいく「役者の現場」であるとも思いました。

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2008年2月24日 (日)

NHKドラマ「フルスイング」最終回 ~最後の授業~

 たった1年の教師生活で、これほどまでに生徒の心を打ったのは、高林先生の生き様の教育があったからだと思います。自分の生き方がすなわち、教材だったのです。最後の授業で、「気力とはあきらめないこと」と話されていましたが、これもガンの宣告を受けながらも、きっとこの教壇に帰ってくることを自らに言い聞かせての言葉だったのでしょう。また言葉ではなく、痛む体にむち打って「これが君らへのエールじゃ」と何回もフルスイングされる姿には本当に涙が止まりませんでした。

 「人を思い、思われることで気力は増す」とも言われていました。教育には様々な工夫をこらした指導法が必要でしょう。しかし、それなら将来パソコンやゲーム機の方が、有能になってこないともかぎりません。人間にしかできないこと。それは、高林先生の言葉のように、人を一生懸命思うことにあるのだと思います。高林先生は全身でそれを示されていました。このような先生と出会えた生徒はなんと幸せなことか。今、自分は教師生活30年目を終えようとしていますが、この偉大な新任先生にまたまだ遠く及ばないところにおるようです。
 
 高林先生を演じられた高橋克実さんの「大丈夫じゃ」はいつまでも心に残るセリフとなりました。

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2008年1月20日 (日)

NHKドラマ「フルスイング」第一回 ~再びの、夢~

 実話を基にしたNHKドラマ。30年間プロ野球コーチを勤めた高林導宏(高橋克実)は、58歳で福岡県にある私立高校の教育実習に行くことに。実習では生徒たちに「夢」について熱く語るのだが・・・・。
 
 まだ第一回を見ただけですが、同じ教師として目を見開かせてもらったような気がします。まず、この年齢で新たなことに挑戦しようとする魂、エネルギーがすごいですね。しかし彼にとっては「夢のない人生は消化試合と同じ」と言い切って、本気で立ち向かっていこうとします。それから、コーチとしてつちかった人間を育てる姿勢です。それを「大きな耳、小さな口、優しい目」と彼は表現していました。教育でいうなら、生徒たちのことをよく知り、教え込もうとしないで生徒のやる気を待ち、愛情をもって見守るということになるのでしょうか。まさにこのことを教育実習でも実践されていきます。ひとり、ひとりの夢や性格を暇さえあればノートに書き込み、生徒について理解しようとつとめます。さらにプロ野球でやってきたということをひけらかそうとしないで、誰からも謙虚に学ぼうとしていきます。これらのことは、教育者として常に抱いておかねばならないことかと思いますが、しかし、現実にはベテランになればなるほど、かたくな態度で、夢もすり切れ、今までの経験に頼る「こなす」だけの授業におちいってしまっているのが現状のような気がします。そんなベテラン教師に、もう一度「夢」を思い起こさせてくれるそんなドラマになる気がします。
 
 高橋克実が思い悩む若い女性教師(吹石一恵)に「大丈夫、大丈夫」と語りかけたり、常に「ハハハ」と笑い飛ばしたり、明るく魅力的な先生役を熱演しています。

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2008年1月12日 (土)

NHKドラマ「おシャシャのシャン!」を観て

 「創作テレビドラマ大賞」最優秀作作品。NHKドラマは昨年の「ハゲタカ」以来、現代の社会に様々な切り口で迫っている作品が多いですが、このドラマも「地方」をテーマとして、短編小説を読むような味わいを与えてくれています。
 
 長野県の伊野谷村では、江戸時代より村歌舞伎が公演されている。ところが今年の主役である弁天小僧を演じることになっていた里崎重雄(原田芳雄)がぎっくり腰になり、公演が危ぶまれる事態に。そこへ重雄の娘の朋代(田畑智子)が、代役として東京から歌舞伎役者の坂本鮫志郎を呼ぶことになったが、やってきたのは弟の亀志郎(尾上松也)で村はまた大騒動に。
 
 村歌舞伎というのは、ぜいたくを戒めるお上のお達しに対して、寺社への奉納という口実で村人たちが守り続けてきた娯楽芸能であると聞いています。しかしこのドラマの舞台になっている伊野谷村でも過疎化の波に洗われ、後を次ぐ者がいないというピンチの中で、登場するのが二人の若い男女です。ひとりは東京帰りの役場職員の朋代。このまま何もせずに過ごせば、村の中に埋もれてしまうと感じた彼女は、村歌舞伎を守り続けることで自分の存在をあきらかにしようとがんばります。そしてもう一人が歌舞伎役者としては認められずに自信をなくしていた亀志郎。彼は村歌舞伎の脚本のばからしさから一度は代役を拒みますが、朋代から「また自分から逃げるのか」とつめよられ、見事に代役を演じきります。二人とも器用には生きられない中で、自分の役立つ場面を探し求めている姿が本当にすばらしいと思いました。また都会の希薄な人間関係にはない、村の人たちの暖かいまなざしや、笑いをともにできる心のつながりを感じさせてもらえました。

 田畑智子がズッコケだけれど、一生懸命さをうまく演技していました。尾上松也は初めて観ましたが、今風の茶髪の若者から、歌舞伎役者への見事な変身ぶりには関心させられてしまいました。

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2008年1月 6日 (日)

NHKドラマスペシャル「ファイブ」を観て

 スポーツドラマといえば、イケメンやギャルが登場するのが定番ですが、この作品に登場するのは選手の盛りを過ぎた30代のさえない人物ばかり。しかも企業をリストラされて、地方の弱小バスケットボールチームに寄せ集められたおじさんたちが主人公の物語です。
 
 人生のすべてがバスケットボールと信じて疑わなかった佐山(岸谷五朗)は、引退を勧められコーチ職も用意されていたのも拒み、現役であり続けることにこだわる。しかし、そんな佐山の思いとは裏腹に、請われてやってきた新チームは、みんなマイペースそのもののぬるま湯の練習で、佐山とメンバーの間にどうしょうもない溝がうまれるのだが・・・・。
 
 きっと佐山というのはこれまで弱音を吐くことのない、バスケ一筋のかたくなな生き方しかできなかった男だったのだろう思われます。それが、娘がいじめられているとチームの仲間が知ったとき、「俺らの問題だ」と仲間たちが佐山を救います。そのときに初めて「人と人との絆」の素晴らしさを感じとるのです。それ以降佐山はワンマンプレーではなくそれぞれの良さを引き出すプレーに変わっていきます。このあたりがいいですね。家族を抱えリストラされた男たちの何ともいえないせつなさが漂う中、同じ境遇の者同士「スマイル」と肩を寄せ合って立ち向かっていく。涙がこみあげてきました。そしてようやく、バスケだけではなく家族も大事な自分の人生の一部だとわかったとき、家族とのかけがえのない絆も生まれてくるのです。若いときには見えなかった物が、ベテランになってきていろいろ見えてくる。それがベテランの良さなんでしょうね。
 
 膝に爆弾を抱えながらもバスケに打ち込む姿を岸谷五朗が好演していました。妻の高島礼子さんと試合中に、タッチのサインをかわすところが良かったです。チームメイトは一見バスケットをやっていたと思えないような面々でしたが、筧 利夫さんをはじめそれぞれ個性をよく発揮していました。

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2008年1月 4日 (金)

NHK正月時代劇「雪之丞変化」

 NHK正月時代劇。長崎で、はかりごとにより両親を死に至らしめられた雪之丞(滝沢秀明)は、剣術を修め自らは上方歌舞伎の女形に身を扮し、復讐の時を待っていた。ついに親のかたきである土部三斎(中尾彬)と遭遇できる機会がきた夜、義賊の闇太郎(滝沢秀明二役)が現れて・・・。
 
 かつて長谷川一夫や美空ひばりで演じられた映画は知りませんが、たぶん大衆時代劇として、絢爛豪華な作品だったのだと思います。しかし、滝沢秀明の雪之丞は、どちらかというとシェークスピアの悲劇物を観ているようで、美しく静かな佇まいの中に葛藤に苦しむ内面がより深く描かれていたと思います。その情感を表現するのに、全体的に照明を落とし、光を浮かび上がらせることで舞台と錯覚するような効果的な演出をされていたのは、さすがにNHKであると思いました。また、歌舞伎はよくわかりませんが、劇中に織り込まれた演目には思わず、観客になって声を掛けたくなるほどの美しさでした。
 
 しかし何と言っても、女形を演じきった滝沢秀明の演技が素晴らしかったです。視線をまっすぐにさだめ、常に背筋を伸ばして歩み、女言葉をあやつるその妖しい美しさに芸をきわめようとする努力が伝わってきました。また二役として自分を使いわけることの難しさを、よく克服されていたと思います。常に挑戦的な若者として好感を抱くことができました。これからの演技が楽しみです。

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2007年12月23日 (日)

テレビ朝日開局50周年記念番組「点と線」を観て

 11月に放映されたドラマをやっと冬休みになって観ることができました。芸術祭のテレビ部門で大賞を獲得したとあって、確かに感動的な作品になっていました。時刻表のトリックを使ったサスペンスドラマ、政官財の悪を告発する社会派ドラマとしてはもちろんのことですが、むしろ夫婦愛や刑事魂、そして戦争の傷跡を描いた人間ドラマという方がよりふさわしいような気がしました。特に戦争の影を引きずり、人間の死にこだわる鳥飼刑事(ビートたけし)と、私欲のために人間の命を軽視する安田社長(柳葉敏郎 )の対峙が印象的でありました。それにしても、舞台の昭和32年当時は定年は55歳だっのですね。主人公の鳥飼刑事が53歳で、僕と歳が変わらないのに、退職金や恩給の話がでてきていました。60歳定年となった今、最後まで鳥飼刑事のように情熱をもって仕事を果たせられ、三原刑事(高橋克典)らのような若い同僚から尊敬を得られるか、少し不安な気もしますが、自分も私利私欲ではなく一教師として最後までこの仕事を全うしたいという気が改めておこりました。
 
 豪華キャストの中、ビートたけしが自然体に、妻思いで執拗に犯人を追う刑事の姿を好演していました。また高橋克典が警視庁のエリート刑事としてではなく、前向きで純真な若い刑事を熱演していました。それから当時の列車や東京駅のセットがすばらしく、鉄道ファンにとってもたまらない作品だったと思います。ただ、時刻表のトリックの解読が視覚的にわかりづらいところがありました。
      

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2007年12月16日 (日)

NHK大河ドラマ「風林火山」最終回 決戦川中島

 ついに今日最終回を迎えました。川中島の決戦、竜虎の死闘は見応えがありました。謙信・信玄の一騎打ちはこれまで幾たびも描かれている場面ですが、今回は謙信が飲みほした馬上杯の美しさをはじめ、戦場での色彩に感じ入りました。黒ずくめの勘助に対し、白馬に白いマフラー?の謙信、赤い羽織の信玄。それらの色にこのドラマの登場人物の姿を物語らせていたような気がしました。熱情の赤、権威の白、そして重厚な黒。しかし命をかけてぶつかった両者が、夢をつなぐことなく消え去りゆくというのは、まさに滅びの美学としか言い得無いものがあります。テーマ音楽がいつまでも心に残った最終回でした。内野聖陽さん、市川亀治郎さん、ガクトさん1年間ご苦労様でした。

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2007年11月25日 (日)

NHKスペシャルドラマ「海峡」 第3回「一人だけの海峡」を観て

 さすがに最後は30年を一気に描いたこともあり、駆け足になってしまい細かい部分が抜け落ちたような感もありました。しかし全3回を通して見れば、「大地の子」以来の見応えのあるNHKの作品になっていたと思います。これも、脚本家・ジェームズ三木の力量、眞島秀和・長谷川京子をはじめとする出演者の熱演、加えて歴史の真実という重みがあったからに他なりません。
 
 「この世の中には、愛だけでは解決しないことの方が多い」という朴俊仁のつぶやきのように、いくら愛し合っていようとも、生死もわからず、ましてや簡単には渡っていけない海峡に隔てられた二人にとって、人生の第2幕を開けずにはおれなかったことは、仕方のない選択であったと思われます。その中で二人の新しい伴侶が、良き理解者であったことが何よりの救いでした。しかし、結婚相手である野中(上川隆也)の母の、朝鮮人に対する差別の嵐は聴くに耐えないものがありました。「アメリカにはへいこらし、朝鮮人や中国人にはえらそうにする」というセリフがありましたが、今でも乗り越えられていない日本人の姿を見たような気がしました。年月を重ねてようやく再会を果たし、「何度この海峡を越えてきたことか」と感慨にふけりながら話す二人の姿に、取り返しようがないどうしようもない悲しみを感じました。ただ朋子が「(かささぎのブローチを)握りすぎました。そろそろ解きはなってやろうと思います」と語った時、決してハッピーエンドではないけれど、心の平穏を得ることができた朋子の表情に、何かほっとするものがありました。
 
 このような引き裂かれた悲恋が二度とおこらないよう、日本と朝鮮半島の間に横たわる「海峡」に、本当のかかさぎの架け橋ができることをドラマは願っているようでした。

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2007年11月24日 (土)

NHKスペシャルドラマ「海峡」第2回~海を越える誓い~を観て

 「二人で不幸になろう。それが僕の幸せだから」と朴俊仁(眞島秀和)の言った言葉が心に突きささります。しかし、なぜこうも不幸にならなければいけないのか。このドラマは引き裂かれた男女の愛というような通り一遍の言葉では言い表せない、日本人とは、朝鮮人とは、そして国家とは何かまでも問いかけていきます。朝鮮では日本人として生きられず、日本では朝鮮人として生きられず、やっとつかんだささやかな幸せも国家の都合でいとも簡単に踏みにじられてしまいます。密入国で逮捕される俊仁に「朝ごはんは」と問いかける妻の朋子の言葉があまりにもせつなくて、涙してしまいました。取り調べで言った俊仁の「36年前に勝手に人の国に乗り込んできて、戦争中は日本人としてこきつかい、戦争が終わるととたんに外国人として見捨てるのか」という言葉には、そういう時代だったからではすまされない、その陰にどれくらいの悲劇があったのかを、今を生きる我々も向き合っていかないということをこのドラマは告発しているように思えました。さだまさしの歌う「かささぎ」は、いっそうその思いをかきたててくれています。

 小さな幸せを追い求める長谷川京子、また眞島秀和のほとばしるような熱情的な演技が、とても素晴らしかったです。

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2007年11月18日 (日)

NHKスペシャルドラマ「海峡」第一回

 3回連続のNHKスペシャルドラマ。本年度文化庁芸術祭参加作品。最近は昭和回帰の映画やドラマが相次いで発表されていますが、多くはノスタルジーを誘い、昔を懐かしむ的な要素が強いように思われます。しかしこの作品は同じ昭和でも、何年たっても忘れ去ってはいけない、風化させてはいけないという思いから、作者(ジェームズ三木)が今の風潮に一石を投じて制作されたように僕には思われました。
 
 植民地時代の朝鮮で生まれ育った一人の女性・ 吉江朋子(長谷川京子)が、敗戦の混乱期に助けられた朝鮮人青年の朴俊仁(眞島秀和)の 求愛を受けるが、日本人としてしか生きられないことを決心した彼女は、青年の思いを振り切り日本に帰国するが・・・・。
 
 この作品のモチーフはさだまさしが歌う主題曲にもなっている「かささぎ」です。かささぎは、七夕の夜、織り姫と彦星の間のかけはしになるという伝説があるらしいのですが、日本と朝鮮の間にある海峡を越えて、二人の愛は「かささぎ」によって本当に結ばれるのかというような感じのストーリーになるのでしょうか。といっても、ただのラブストーリーではなく、1回目を見る限りにおいては、朝鮮からの引き上げ時に日本人はどのような扱いを受け、どのような思いで帰国したのかをつぶさに描いていて、人間を木の葉のように翻弄させる歴史の非情さをよく感じさせてくれています。また、現在のプサン市の映像を重ねる演出が効果的で、時代の重みをよりあらわにさせています。2回目以降の展開が楽しみです
 
 朝鮮しか知らないのに、それでも祖国を思うひたむきな女性の姿を長谷川京子が好演しているし、またはじめて見る眞島秀和ですが、その誠実な演技も光っていました。

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2007年9月24日 (月)

ドラマレジェンド「HERO 特別編」を観て 

今回再放送された「HERO 特別編」を見て、現在上映中の「HER0」とのつながりがよく理解できました。映画にも出てきた中井貴一演じる滝田明彦とのかかわり、なぜ田中要次演じるバーテンダーをキムタクが双子だと思ったのか、映画ではタモリが演じた山口県選出花岡練三郎代議士の卑劣な行為など。しかし、テレビドラマといえ映画に引けをとらない豪華キャストと、コミカルでよくできたストーリー展開といい、木村拓哉主演ということを差し引いても、素晴らしいエンターテイーメント作品になっていたと思います。

 全体を通して「被害者の味方であり、真実を手を抜くことなくきわめる」ことを信条とする久利生公平検事の魅力があふれていました。「この国の決まりでは、起訴をするのは検察庁という組織ではなく、検察官という神でもない個人なんですね。だから公平(久利生公平という名前はそこからきているのかな?)な立場に立って事実をあきらかにしたい」という言葉が、重みがあって良かったです。特に中井貴一が真実を語る場面が圧巻でした。BGMもなくただひたすら感情を抑えて「この町を守るために」、罪を背負った滝田明彦の姿を感動的に描きだしていました
 
 自分の目で事実を見極めないと気がすまないことや、型破りな行動や服装など、久利生公平という検事に僕は織田信長のイメージを感じてしまいました。だから「HERO」というタイトルがついたような気もします。それと脚本の福田靖さんは山口県出身のようで、それで山口県に思い入れの深い作品ができたのでしょうか。劇中の山口県名産の「あごま」を食べてみたいと思ったのですが、思わせぶりで何か変だなと感じだと思っていたら、やっぱり実在しないようですね

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2007年8月26日 (日)

NHK土曜ドラマ「勉強していたい!」第2回 信じる気持ち

 今回は摂食障害(過食症)を持つ少女のお話でした。友美恵は、料理研究家でカリスマ主婦といわれている母親に心配をかけさせないように、本当は寂しい胸の内をおさえてまで優等生であり続けようとしたことが、ストレスを生み過食症に陥ってしまう。

 そんな友美恵に対して、自分の携帯番号を教えたり、校外学習として陶芸に誘う橋口純平先生(長野 博)の努力もすべて裏目に出てしまいます。その結果、病状が悪化したと母親にどなりこまれた時の、純平先生の落ち込みは本当に痛いほどわかりました。心に病気を持つ子どもには、正面きっての指導は難しいものであることも思い知らされました。この時、いつも象徴的な話をする同僚の九鬼先生(西村雅彦)は「オセロの下手な教師は病訪には向かない」と言います。つまり目の前のことにこだわり過ぎると、大局が見えないことを順平にさとします。対症療法ではなくて、その原因となっている深い根っこを見ることが大事であると。そして「子どもを信じる気持ち」が大事だと気づいた後の、順平先生の駆け回る姿がいいですね。教師に必要なことは情熱とこだわりであることを改めて教えられました。九鬼先生はそれを「ひつこさ」と表現していましたが。前回の話で「教師にできることは何もない。ただ寄り添うだけだ」という話が出ていましたが、寄り添う中でそっと背中を押してやることも教師にできることではないかとも思いました。
 
 それから、友美恵がなくしたペンダントを必死で順平が探して見つけたのに、それをそっと「学級日誌」のノートにはさんでコメントを書いて渡す場面がいいですね。自慢げに渡してしまえば友美恵の心は動かなかったかもしれない。気持ちを伝えるにはどんな方法がいいのか、考えさせられたシーンでもありました。

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2007年8月19日 (日)

NHK土曜ドラマ「勉強していたい!」第一回

 「病訪」(病院訪問教育)の教師を描いたんNHKの土曜ドラマ。愛知県の高校教員だった橋口順平(長野 博)は突然、養護学校に転勤となり意味もわからないまま「病訪」を命じられ、二人の子どもを担当することになるが・・・。

  大阪では本人の希望なしに、このドラマのような校種の違う学校への強引な異動はありえないだろうなと思いながら最初観ていましたが、異動に戸惑いながらも、すぐに気持を切り替えて明るく前向きに取り組もうとする橋口先生の姿に好感を覚えました。「やればできる」をモットーに頑張ろうとする橋口先生ですが、いきなり挫折してしまいます。そこには重い病気に向き合いながら、友達と離れ寂しく病院生活を強いられている子どもたちの心の問題があったのです。同僚の教師は言います。「充分病気に対してがんばっている子どもに追い打ちをかけるように、さらにがんばれというのはどうか」「教師としてできることはほとんどない。できることはそばに寄り添ってやることだけだ」と。ぎりぎりの所に立たされている子どもへの教育というのは、ほんとうに難しいものがあると考えさせられました。しかし、そのような子どもたちに、少しでも希望をあたえ「勉強したい」という気持を引き出していくということが、教師の使命なんだろうと思います。

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2007年7月 8日 (日)

ドラマ「牛に願いを」第一回

 7月に入り新ドラマが始まりました。その中で「牛に願いを LOVE&FARM」を観ましたので感想を書いておきます。「今年の実習生はひどいや」。これは牧場主を演じる相島一之のセリフです。毎年教育実習生を引き受ける僕の勤める中学校でも、同じような会話をかわすことがあります。やってほしいことをやってもらえなくて、当然やってはいけないことを平気でやってしまうという当代の学生たちの雰囲気をこのドラマからも感じました。コンビニが無ければ生きていけないようなシティ感覚の学生たちが、北海道の大自然の中でどのように「牛」たちと向き合っていくのかということが、おもしろいシチュエーションになっていると思います。第一回目から牛の出産シーンに立ち会ったり、酪農家の厳しい現実をからめたりで、けっこうリアルな骨太のドラマになりそうな予感がします。ちょっと天然がはいるけど、明るく前向きな和美(戸田恵梨香)や、酪農家の息子だけれど、家業をつぐ意志の無い高志(玉山鉄二)らを中心に展開されそうですが、やっぱり広々とした北海道の風景を見ているだけでも、心がなごみます。また、「北の国から」の中島朋子が出演しているのもいいですね

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2007年6月30日 (土)

NHK土曜ドラマ「新マチベン」第一回

Untitled  新しいNHK土曜ドラマが今日から始まりました。「新マチベン~大人の出番~」という作品です。新聞記者を退職し、60歳になってから弁護士を始めた徳永源太郎(渡哲也)を中心とした3人の団塊世代が、市井に生きる人たちのために、長年築きあげた経験を生かし「大人」の感覚で立ち向かっていくというようなストーリーです。一般的な感覚からはちょっと突拍子もない感じもしますが、裁判員制度が始まる中で弁護士を「マチベン」として身近な存在に描かこうとしていることは理解できます。また、団塊世代へのエールにもなっていて、今日の放送の中では渡哲也の「あと何千も仕事はできないけれど、ひとつ、ひとつの仕事をしっかりやりとげていきたい」という言葉は、僕自身も大変励まされました。徳永源太郎の過去や、痴漢被害を訴えた及川玲子(黒木瞳)の事情もいろいろからまるようで、社会問題が得意の井上由美子の脚本も楽しみです。渡哲也の重厚さ、石坂浩二のクールさ、地井武雄のおちゃらけさなども見所です。黒木瞳も謎めいた女性を好演されています。

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2007年4月 8日 (日)

滝沢秀明 長澤まさみ主演 夢二夜 シェークスピア スペシャル「ロミオとジュリエット」を観て

 対立するモンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットとの悲恋を、犯罪容疑者の息子と、容疑者を追う警察官の娘の恋愛に置きかえて描いた現代版シェークスピア「ロミオとジュリエット」。主演は滝沢秀明と長澤まさみ。
 
 ロミオなる森田弘道(滝沢秀明)と、ジュリエットなる木平樹里(長澤まさみ)の出会いからドラマは始まります。廃品回収業者と、女子大生というちょっと強引で不自然な出会いではありましたが、二人の住む世界の違いを際だたせ、容疑者と警察官という親どおしの対立という設定にしたのはおもしろかったと思います。原作のシェークスピア「ロミオとジュリエット」では、家名や自分の名前を捨ててまでも、恋愛を成就しようとしたのに対して、原作にもある有名なバルコニーの場面では、滝沢秀明に「たいした名前ではないけれどやっぱり自分の名前は捨てられないし、病気の母親を見捨ててはおけない」と言わしめます。この辺りはドラマでありながら、現実的な話にひきもどされてしまいます。もっと言うなら、親の立場の違いによって引き離される二人の悲恋というストーリーが、途中からは過去の親同士のすれちがいの悲恋にからめとられてしまい、二人の苦しみというのがいまいち伝わって来なかったきらいがあります。三浦友和と山下真司という父親同士のエピソードは無くても良かったのではないでしょうか。シェークスピアと銘打つならばもうちょっと、二人の気持ちや葛藤を描いてみせてほしかったです。ただ若いということは、どんな障害があってもひきつけあう魅力的なものであるということは、原作と同様によく感じました。
 
 滝沢秀明は内面的な苦悩をよく演技できていました。特に教会のシーンで父親を問い詰める場面は圧巻でした。(衣装をもうちょっと変えてほしかったかな)長澤まさみは「涙そうそう」で見せたような、ひたすらに明るく笑い声が魅力的な女性を好演していました。叙情あふれる音楽と、黄色の絨毯になったイチョウの並木道のロケも美しかったです。

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