映画「なくもんか」を観て
脚本・宮藤官九郎、主演・阿部サダヲのコラボを観るのは「舞妓Haaaan!!!」に次いで2作目となります。宮藤官九郎という人は、常識には無い、ふっとんだキャラを描く事で、観るものをして笑わずにはおらせないようにする一方、人の心の奥底にある大事なものを、キュツとにぎって離さないストーリーを考える天才であると思います。
最初、商店街を舞台にした面白おかしい人情ドラマかと思っていましたが、展開は意表をつき、商店街から波紋が外に次々と広がる趣向で、少しもたるむことの無い作品になっていました。
子どもの時、人前では「なくものか」と決めた主人公が、誰彼に無くお人好しで、八方美人よろしく笑顔を振りまくその裏には、なにが隠されていたのか。
「泣くこと」は簡単です。感情のままになせばいいのですから。しかし、「笑い」続けると言うことは、相当の意思がなければできないことです。親に見捨てられた主人公の生きていく術(すべ)が、そこにしか無かったとすると、これはあわれ以外のなにものでもありません。やっと結婚し、自分の子どもではないにしろ、ひとつの家族をもったことに対して、言いたいことは「腹の一物の中に包み隠して」、それが家族の幸せだと信じる男。そんなピエロをずっと演じ続けなければならない男の悲しみは、自分のことのようで胸につきささりました。それでも弟に「兄さん」と呼んでもらうために、子どもらに「お父さん」と呼んでもらうために、誠心誠意つくす姿は、やっぱりピエロなんかじゃない、家族の絆を求めてやまない人間の優しさを十分感じさせてくれました。
いつまでも心に残るいい映画だと思います。それから「山ちゃん」のハムカツぜひ食べてみたいです。また、主題歌になっている「いきものかがり」の「なくもんか」もとてもいい歌です。
阿部サダヲ、さすがの一言につきます。その笑いには凄みを感じさえします。瑛太、悩める弟の役が新鮮でした。漫才もいけてましたね。竹内結子、阿部サダヲとは対照的に、本音で生きる強い女の姿が魅力的でした。
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