カテゴリー「観劇」の記事

2009年10月 4日 (日)

東京セレソンデラックス「流れ星」 大阪公演 4日昼の部を観て

 学校にいつも来られている教材業者のSさんに、たぶん知らないだろうと思いながら、東京セレソンの「流れ星」の観劇の話をすると、『私は初日に観てきました。初日だったんでアドリブは少なかったですけどね』、という思いもよらない返事が返ってきて驚いてしまいました。演劇通の間ではけっこう人気のある劇団だったんですね。

 東京セレソンデラックス。僕が初めてこの名前を知ったのは演劇からではなく、この劇団を主宰されている宅間孝行が、監督・主演をされていた映画「同窓会」を観てからです。おもしろく意外性のある展開と、情感のあるストーリーにひかれてしまいました。それからテレビで放映されていた「夕」と、DVD化された「歌姫」を立て続けてみました。どちらも方言がノスタルジックで、登場人物は見た目によらず善人ばかりで、最後は人知れなかった悲しい思いに涙するというスタイルにぐっとくるものがありました。
 
 BRAVAの客席に着くと、開演前から懐かしのメロディーが流されていました。最後に流れたちあきなおみの「4つのお願い」は、このお芝居のモチーフにもなっていました。

 「流れ星」は1970年の頃が舞台になっている「昭和もの」のジャンルに入るお芝居です。70年から今を見て、忘れてしまっている大事なことを宅間孝行がいろいろな登場人物の言葉を借りて、語っているようにも思えました。豊かなモノが決して人を幸せにしないとか、人間を決してさげすんではいけないということなどです。そして一番言いたかったのは、自分に何をしてくれたかばかりを考えていては、本当の愛は見えてこない、本当の愛とは相手の幸せを人知れずとも願うことであると。

 こんなことばかり書くといたってシリアスなお芝居のように見えますが、それはとんでもないこと。下宿に巣くうそれは、それはユニークなキャラの人たちが、これでもかと言わんばかりに登場し、涙腺ならぬ「笑腺」を刺激しまくります。特に路上詩人の田淵兼子さん(別名 しらゆりあやめ?)はちびまるこちゃんに出てくる野口笑子とだぶって見えましたが、その圧倒的な存在感は夢にも出てきそうでした。伏線もたくさんひかれて、謎解きのおもしろさもあるお芝居にもなっていました。流れ星のかけらを集めて願いをかなえるというのも、ファンタジーでいいですね。また、新作ができたら是非観たいと思います。

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2009年9月19日 (土)

演劇集団キャラメルボックス2009オータムツアー「さよならノーチラス号」19日 大阪公演

 脚本家・成井豊の実体験に基づき、書かなければ死ねないという痛切な思いで描いた作品。
 
 夜逃げした両親と離れて生活していた小学6年のタケシは、夏休みを両親が住む家で過ごすことになるが、そこには言葉をしゃべれる犬がいて・・・・。
 
 ちょっと脳天気な両親に対して、取り残された悲しみを抱くタケシ。そんなタケシの気持ちに寄り添うことができるのが犬のサブリナ。たまたま知ることになったひき逃げ犯を明かそうとするタケシに、本当にやりたいことは何かを考えることの方が大事と、サブリナが語りかけます。そして、あこがれの「ノーチラス号」のネモ船長の姿を、自動車修理工場の社長である勇也に求めるタケシは、自分らしく自由に生きていこうとします。
 
 少年から大人に変わりゆく姿が、切なくもあり、またたくましくもあるように思えました。その言葉を必要とする少年にしか聞こえないサブリナの声は、心の中でうごめき葛藤する自分自身の声だとわかりました。キャラメルにしてはちょっとテイストが違うのは、そのあたりが原因にあるようですね。
 
  タケシ役の多田直人、少年らしいひたむきさと苦しみがよく伝わる演技でした。勇也役の岡田達也、髪型がおかしかったですが、自分を貫く意志の強さを感じられました。サブリナ(犬役)の坂口理恵さん、犬になりきっておられさすがでした。

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2009年8月23日 (日)

演劇集団キャラメルボックス2009サマーツアー「風を継ぐ者」大阪公演 22日 昼の部

 キャラメルの時代劇はDVDでは何度か観ましたが、生の舞台ではこれが初めてです。特に今回の「風を継ぐ者」は僕の好きな幕末を、しかもかの新選組の隊士を描いているので、大変楽しみにしていました。シアターBRAVAに入ると、キャラメルのブタ君の旗に並んで「誠」・新選組隊旗がかかっており、ムードを盛り上げていました。

 新選組と言えば、血塗られた非情の剣というイメージですが、そこはキャラメル。逃げ足はマラソン選手並のスピードだけど、腕はからきし駄目という新入り隊員・立川迅助や、襲撃の前には必ずお腹が痛くなるという三鷹銀太夫たちのダメ隊士の登場に、たっぷり笑わせて頂きました。

 しかし、池田屋事件の立ち回りなどはけっこう迫力があり、これぞ新選組という見所も随所に。そして最後は、沖田総司の悲恋など、幕末の激動に人間の心も絡め取られていく様に心打たれました。

 キャラメルらしい、笑い・アクション・涙という三要素が時代劇という背景にいっそう映えて、すばらしい舞台だったと思います。

 剣でもって武士らしく生きようとした新選組、政略でもって時代を変えようとした倒幕派たち。何かをしなければならないという思いを抱き、幕末を駆け抜けた若者達の風を感じることができました。
 
 勘定役を演じた阿部丈二、コミカルな仕草や演技を楽しませてもらいました。沖田総司の畑中智行、沖田にしては少年すぎるように思いましたが、カッコイイ剣のさばきとは裏腹のシャイな心がよく伝わってきました。桃山鳩斎を演じた西川浩幸、おかしな英語と絶妙のタイミングのセリフに貫禄を感じました。たか子役の岡田さつき、そのサービス精神は健在です。秋吉剣作役の石原善暢、今日が誕生日ということでカーテンコールは「ハッピィバースディ、ディア イッシー」の合唱。36才です、というコメントに場内はどよめいてましたが。他の皆様も熱くて楽しい舞台、ありがとうございました。

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2009年7月30日 (木)

「異人たちとの夏」~大阪公演 29日昼の部~を観て

 今日は僕の誕生日。さすがにこの歳になると、これまでにいろいろな人の死に巡り会いました。両親、親友、同僚、そして教え子。「異人たちとの夏」はこのように、もうこの世にはいない人たちとの、不思議なめぐりあいを描いています。

 山田太一の小説で読み、映画化された作品も観て、そして今度は舞台。亡くなった両親にもう一度会いたいと思う気持ちがあるからか、やっぱり観てしまいました。


 特に最後のすき焼き屋さんの場面。成長した息子を見届け、再び旅立とうとする父と母から、そんな立派な親にも夫にもなれなかった主人公が「よくここまでがんばったね」と声をかけられ、泣きながら「お父さん、お母さんありがとうございました」と頭を下げるシーン。ここは舞台になっても、いや舞台だからこそ今まで以上に、涙無くしては観ていられませんでした。両親が使っていた「わりばし」をそっとしまうところが、また切ないですね。
 
 夏はお盆があったり、終戦記念日があったりで亡くなった人のことをより考えてしまう季節です。これまでは、僕も自分という生きている人間の立場でこの季節を迎えてきたように思います。しかし、今日この作品を観て、亡くなった人からは、今の自分はどのように見えているのだろうかと考えてしまいました。両親からは、友達からは、なんて言われるのだろうかと。最後に主人公が言う「亡くなった人の気持ちを考えることで、自分は生きているということを感じることができる」というセリフも、心を打ちました。このお芝居のように、懐かしい町を歩いていたら亡くなった両親にふと出会えて、「元気にやっているか」なんて声をかけてもらえたら、どんなにうれしいことかと思ってしまいました。
 
 演出の鈴木勝秀と主演の椎名桔平のコラボは、一昨年の「レインマン」以来となります。今回も情感あふれるいい舞台でした。椎名桔平は何もかも失った孤独感が、異人たちとの出会いと別れにより、又生きていく意味を見いだしていく演技が素晴らしかったです。「レインマン」では華麗なリフティングを見せてもらいましたが、今回のキャッチボールも見事でした。初めて舞台で内田有紀を観ましたが、チャーミングな雰囲気から、最後はおどろおどろしくなるあたりの演技は見応えがありました。父役の甲本雅裕。なかなかの適役だったと思います。

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2009年7月19日 (日)

「炎の人 ゴッホ小伝」 19日 大阪公演を観て

 この劇で描かれるゴッホとゴーギャンと言えば、三谷幸喜の「コンフィダント・絆」を思い出します。そこでは創作上の物語として二人が登場していましたが、この「炎の人」では、史実にそってゴッホの生涯を展開させていきます。

 最初の場面は、思いがけず炭鉱のストライキから始まっていました。知らなかったのですが、ゴッホは画家になる前はキリスト教の伝道師をめざしていたのですね。貧しい人々のために献身的につくしていたことが描かれています。この作品を書いた三好十郎は、プロレタリア劇作家からスタートしたということもあり、ゴッホを通して見ようとしたのは、その日の食べ物にも事欠く労働者や、娼婦、売れない画家という社会の奥底で生きる人々の姿でした。そしてゴッホが描きたかったのは、そんな「土にまみれたジャガイモ」のような貧しくても、つつましやかで逞しい人々でもありました。

 しかし彼は結局、貧困や失意の中でパリに向かいます。パリで待ち受けていたのは、ロートレックやゴーギャンなど印象派の画家達。それに日本の浮世絵の影響も受け彼は、様々な技法をこらした絵を完成させていきます。だれかれなく議論をふっかけ、昂揚した気分に変わったことが演技からもよくわかりました。しかしそんな絵だけにしか打ち込めず、自分の考えを曲げないゴッホは「めんどうくさい人」としか観られず、絵の才能も認めれることはありませんでした。純粋な芸術だけではものにならず、社交性や受け狙いの要素を持ち合わせていないと大成しないということでしょうか。このあたりからゴッホの苦悩が始まります。

 第2幕は、ゴッホの絵が舞台いっぱいに映し出され、展覧会のような雰囲気で始まります。混乱したパリからはなれ、南仏のアルルでの生活が始まったとき、ゴッホらしいうねるような独特なタッチの絵が次々と誕生します。しかしここでも、絵を楽しみのために描こうとするゴーギャンと、禁欲的に絵に打ち込もうとするゴッホは対立してしまいます。自分の心の中の悪意とも戦わねばならなくなったゴッホは、ついに精神に変調をきたしてしまうのです。自分の「ひまわり」の絵を切り裂き、ナイフで自分の耳をきりつけるあたりは、鬼気迫るものがありました。
 
 生涯、1枚しか絵が売れず、最後は自殺で果てたゴッホ。何のために絵を描きづけたのか知るよしもありませんが、エピローグで語られた次の詩は胸を打ちました。
     貧しい貧しい心のヴィンセントよ!
     同じ貧しい心の日本人が今、
     小さな花束をあなたにささげて
     人間にして英雄
     炎の人、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホに
     拍手をおくる!
  飛んできて、聞け!
    拍手をおくる!
今度、ゴッホの絵を見る機会があったら、彼の無垢の魂を少しでも感じ取れたらと思います。

  ゴッホを演じられた市村正親さん。内省的なブリュッセル時代、どん欲的なパリの時代、そして、充実と苦悩があやなすアルルの時代、それぞれのゴッホをたくみに、しっかりと表現されていたと思います。ゴーギャン役の益岡 徹さん。かもしだす雰囲気がまさにゴーギャンでしたね。三役をこなした荻野目慶子さん。女性の生き様が鮮烈でした。 

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2009年6月 7日 (日)

「きらめく星座」 7日 大阪公演 を観て

 昨日の「シラノ」に続いての観劇となりました。井上ひさしの戯曲の中で、戦争を主題とした作品のひとつ。そういう意味で当然ながら、先日観た「ムサシ」とは趣を異にしています。
 
 とは言っても井上作品、観客を楽しませる仕込みには事を欠いていませんでした。まずはオープニング、暗闇でうごめく怪しい数々の光は出演者がつけた防毒面。エンディングでも使われますが戦争に向かう不安を象徴していたようです。それとなんと言っても歌。戦前にヒットした歌謡曲が、これも楽しい振りを付けられ歌われていきます。「きらめく星座」や「青空」のところでは、思わず客席から手拍子も入り、比較的多そうだった年配層が懐かしんでおられたようです。特に軍隊から脱走した兵を交えて、逮捕するためにやってきた憲兵が「青空」を歌いながら、一緒に踊る場面は傑作でした。

 そのほか、戦争中ならではの話では、バケツやマッチを高価なもののようにありがたがったり、1個の卵をめぐっていかに料理するか論争する場面なとが面白かったです。全体的には太平洋戦争開戦前の2年間を畳みかけるようなセリフの中で、テンポよく展開されていきますが、井上ひさしのメッセージの多くは、レコード店「オデオン堂」に住まいする竹田慶介が語っていたセリフに込められていました。

 「宇宙に地球のような水の惑星があることは奇跡なんです。その中で命が生まれ、人間まで至ったことは奇跡の連続で、こうして今私たちがいることも、何億何兆の奇跡の連続の結果なんです。こうして生きていることが奇跡なのだから、人間は生きていかなくてはならないのです」と。だから、人の命を奪うおろかな戦争はしてはならないのだと。まことしやかに美しい言葉で彩られた戦争の道義ほど、疑ってかからないといけない。そんな作者の思いが、キャストの熱演も加わりひしひしと伝わってくる舞台でした。
 
 オデオン堂の主人の妻役で登場された、愛華みれさん。悪性リンパ腫で療養中と聞いていましたが、「追い詰められるほど明るくなる」お母さんを元気に演じられていました。最後に歌われた伸びやかな「青空」は、軍歌や人を鼓舞する勇ましいだけの歌がもてはやされる時代にあって、本当に明るく楽しくなれる歌の大事さを感じさせてもらえました。

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2009年5月 9日 (土)

ミュージカル「ラ・マンチャの男」シアターBRAVA 9日昼の部を観て 

 今回のシアターBRAVAでの公演を加えて、1145回も上演されるというすばらしいミュージカルを、今日初めて観ることができました。前もって予習しておいたので、セルバンテスの物語とドンキホーテの物語が入れ子の仕組みになっていたのもよく理解できました。まず、生オーケストラの演奏で16世紀のスペインの世界へ誘われ、牢獄に放り込まれたセルバンテスと囚人達演じる劇中劇「ドンキ・ホーテ」にひきこまれ、そしてついには繰り返し歌われる「見果てぬ夢に」に感動し涙さえしてしまいました。最後にはセルバンテスの生き方と、ドン・キホーテの生き方がオーバーラップし、二人はともに「ラ・マンチャの男」となるというのもかっこいい終わり方でした。

 その奇行をからかわれ、狂気の沙汰とののしられながらも、心の気高さと夢を求めていったドン・キホーテ。セルバンテスもこう語ります。「現実に向き合わず夢ばかり見るのも狂いだが、現実におりあいをつけるしかないだけの生き方も狂いである。本当に大事なことは、夢を追い求め現実をいかに変えていくかにある」と。よく「がんばりすぎ」とか「人が良すぎる」とか言われながらも、やっぱり仕事をやらざるをえなくなってしまう自分に、この物語が重なって見えてしまいました。それゆえに「夢は実りがたく、敵はあまたなりとも、胸に悲しみ秘めて、我は勇みゆかん。道は極めがたく、腕は疲れ果つとも、遠き星めざして、我は歩み続けん」と歌われる「見果てぬ夢」には本当に心打たれ、そして自分はこれでいいのだと生きる勇気をもらったように思いました。
 
 それでいてけっこうコミカルな場面も多く、大阪バージョンでしょうか「床屋は今来たとこや」とか、「こりゃまた難儀な」とかのセリフは笑わせてもらいました。
 
 松本幸四郎さんは力みが抜けた柔らかい演技で魅了し、松たか子さんは精一杯のエネルギーほとばしらせた熱演で素敵でした。言うまでもなく歌も素晴らしかったです。

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2009年5月 2日 (土)

「ムサシ」大阪公演 2日 昼の部を観て

 4本の先行抽選を申し込んでようやく手に入れた座席は、後方ながらもセンターの見やすい位置で大変満足でした。小栗・藤原コラボの人気からか、客席はいうまでもなく女性ファンで埋め尽くされ、大変な熱気を感じました。ストーリーは巌流島の決闘で敗死したはずの佐々木小次郎をここでは生き返らせ、武蔵にリベンジを果たすという井上ひさし版「それからの武蔵」になっています。 

 禅や説法など重々しく冗長とさえ思える長いフリの後に、観る者が予想もつかない展開が待つという連続であったように思います。もっと言うとこのお芝居全体が、最後の意外なオチへ落とし込むための長いフリそのものだったとも言えないこともありません。しかし、おかしかったのは確かです。5人6脚で足が結ばれたまま、仲違いする武蔵と小次郎がズッコケながらまじめに「論争」する場面や、剣の稽古がタンゴになって全員が見事にシンクロしていく場面などは最高に笑わせて頂きました。このあたりが井上・蜷川コンビの真骨頂だと思いました。しかも笑わせて終わりではなく、井上ひさしのメッセージもしっかり込められていたと思います。ひとつは「恨みの連鎖」を断ち切るというものです。なぜ武蔵と小次郎は戦い殺し合わねばならないのかということをモチーフに、「9.11」から連なる恨みの鎖を断ち切り、世界の非戦を願ったものと思われました。もうひとつは「生きることのすばらしさ」です。死んではわからない、生きていないと感じることができないことにもっと気づかないといけないと。

 いじられキャラでわかりやすい小次郎を演じた小栗旬、スマートでかっこ良かったです。武蔵の動と静の使い分けが見事だった藤原竜也。子どもようにけんかしあったり、時には気があったりで、ふたりの演技が魅力的でした。それにしても何度観ても白石加世子さんの変幻自在の演技はすばらしいの一言につきます。

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2009年4月25日 (土)

キャラメルボックス2009スプリングツアー「容疑者Xの献身」 25日 神戸公演を観て 

 原作を読み、映画も観て、ついにキャラメルの舞台となった「容疑者Xの献身」を待ちかねて大雨の中、新神戸オリエンタル劇場に向かいました。

 原作の持つ雰囲気を壊すことなく上演するためか、いつものような踊りも歌もなく照明を落とした舞台で、何の代償を求めることなくただひたすら愛する人のために、自分の能力のすべてを捧げ尽くした天才数学者の思いにあらためて心打たれました。映画では堤真一でしたが、やはり原作のイメージとは異なる華のあるところが感情移入できませんでした。しかし、西山浩幸演じる石神はまさに風采のあがらない原作通りのキャラクターで、社会に受け入れられなかった悲しみと、自分の思いを伝えきれないまま、愛する人の幸せのためだけに生きようとする切なさが本当ににじみ出た素晴らしい演技でした。全体的にもよくまとまった構成で、出演者全員が交代で原作の朗読をするといのも秀逸でした。といってもシリアスなだけではなくキャラメルのお約束のギャグも散りばめられていて、特にウェイター、ウェイトレスの三段落ちは傑作でした。
 たぶん今年観るであろう演劇の上位に入るのは間違いないと思います。

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2009年2月21日 (土)

キャラメルボックス2009ハーフタイムシアター「すべての風景の中にあなたがいます」「光の帝国」 21日大阪公演を観て 

 サンケイホールプリーゼはオープン以来3回目の観劇となります。今回は初の2階席で山頂から谷間の舞台を見下ろすようなロケーションに、少し驚いてしまいました。入り口から2階席に上がるのも、階段を登りフロアを巡り、さらに階段を登りフロアを巡りの繰り返しで、初めてこの劇場に来たときにロビーから見上げた2階、3階になぜ人がぐるぐる歩いているのか不思議に思いましたが、その謎が今日やっと解けました。
 
 さて、キャラメルボックス。楽しみのひとつは前説にあります。いつも趣向をこらしたおもしろい作品?なんですが、今回は両編とも歌できました。ひとつは童謡バージョンの替え歌で、可愛らしく勢揃いしたメンバーが「女子高生の突っ込みは、『あの人、めっちゃかみすぎ』、おばちゃんのおしゃべりは『あの役者さん、うちの息子にそっくり』」とかの歌詞で笑いを取りながら、マナーの注意を呼びかけていました。もう一つは「ゆず」ばりのギターを抱えた二人組で、いきなり「最後の曲になりました」と、こちらも喜ばせてもらいました。
 
 1本目は「すべての風景の中にあなたがいます」。携帯電話が未来とつながるとか、手紙が未来に届くとかのよくあるパターンのタイムトラベルものですが、キャラメルが演じると不思議と新鮮さを感じてしまうのですね。それだけひたむきな熱演があるからだと思います。またかと思いながらも、引き込まれてしまいます。それとこの作品はタイムマシンなどの機械は登場せず、山の深い霧とか「人の思い」がアクションをおこし、時間を越えて過去と未来をつなぐという設定が、ちょっと幽玄的な世界を醸し出していました。といってもギャグは満載で、過去と未来を越えて出会っている二人に、横からいろいろちょっかいを出す細見大輔さんの役が傑作でした。岡田達也さんの紹介も「ちょっと旬をすぎたアイドル風」といのうがよく受けていました。
 
 2本目は恩田陸さん原作の「光の帝国」。前もって原作の小説を読んだときには、キャラメルにぴったりのお話だと思いましたが、予想に違わずワンダーランドな舞台でした。暗記力にたけた「しまう」とか、人の気持ちが伝わる「ひびく」とか特異な能力を持つ常野(とこの)の人々のお話。一見民話風なんですが、けっこう意味するところは深いものがあります。決してあらわにしようとしない父親の息子に対する不器用な愛情には、胸打つものがあり、「僕たちは、無理やり生まれさせられたのでもなければ、間違って生まれてきたのでもない。それは光があたっていると同じように前から決まっている決まりなのだ」というセリフは、すべての人が持つ命の重さはすべて同で、どの命にも意味があるのだと、僕には思えました。場面的には、シェークスピアの長いセリフを家族みんなで唱じるあたり、お母さん役の坂口理恵さんがからんできておもしろかったです。畑中智之が「トリツカレ男」で見せたような純粋な心を持つ少年の役を、この作品でもうまく演技していました。

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2009年1月17日 (土)

三谷幸喜作・演出「グッドナイト スリープタイト」大阪公演 17日 昼の部

 この舞台は「なにわバタフライ」「コンフィダント・絆」と続く、三谷作品の中では音楽がひとつの仕掛けとなっていく作品の流れのひとつだと思います。今回はさらにその発展系で、二人芝居としながらもバンド(管鍵”楽団!?)の人たちがコメディアンよろしく、場面にからんでくる面白さがありました。(ピアノの荻野清子さんがおかしい場面でも笑いもせず、真剣に舞台をみつめタイミングをとられていたのがまた印象的でした) 

 三谷さんの前説(もちろん録音ですが)によると、GOOD NIGHT SLEEP TIGHTというのは決して”金縛り”の意味ではなく、「ぐっすり寝ること」らしいのですが、舞台に置かれた二つのベッドの距離が、夫婦の心の距離をあらわし、それが次第に遠くなってしまうまでに、二人にどんな会話があったのかを、時間を来つつ、もどりつしながら演じられていきます。(いつのことなのかわかりやすくするために、二人で過ごした日にちが電光掲示板になっていました。最初は数字が時間なのかなんなのかよくわかりませんでしたが・・・)

 「永遠などない」というセリフがありましたが、最初は永遠に続くと思われていた愛が、忘れてしまうなどと及びもつかなかった事や言葉が、いとも簡単に壊れて忘れ去られてしまう二人の様が、夫婦者には身につまされるがゆえにおかしかったです。そう言えば、出演者の夫婦は名前で呼ばれず、きっと誰にでも置き換えられるように考えられていたのかもしれません。ただ男の目から観れば、夫の方は優しさから一生懸命妻に合わせようとしているのに、妻はそんな気弱な夫がたまらず、自分の思いのままにやりたいことをやっていこうとしたことが亀裂の原因だと感じるのですが。夫も最初からもっと自己主張すべきだったのでしょうね。こうなったら二人の関係を維持するには、男が、昔と同じような気持になることがないとわかっていながらも、一生このままでいこうとがまんするしかないのかもしれません。ちょっと切なさが残る作品でした。
 
 今回は脚本のうまさで笑いを取ると言うのではなく(ペットの「出現」にはさすがに意表をつかれましたが)、笑いは中井貴一と戸田恵子の演技力によるところが大きいと思いました。特に二人のダンスは絶妙でした。ほとんどパジャマだけの中井さんに対して、ファッションショーさながらの七変化の戸田さん、攻めの戸田さんに対して守りの中井さん。この対比が劇を面白くしていたのは明らかです。この二人のコラボでまた是非続編が見たいですね。戸田さんの歌も聴きたいです。奈良ドリームランドがスポンサーのCMソング、「コスモ生命の歌」をもう一回聴きたいです。

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2009年1月10日 (土)

ミュージカル「RENT」 大阪公演 10日 昼の部

 今年最初の観劇はミュージカル「RENT」です。以前に映画版で感動したので(映画の感想やストーリーはhttp://hishiya.cocolog-nifty.com/mokumoku/2006/12/post_9197.htmlをご覧下さい)、是非舞台を観たいと思っていました。想像に違わず、生バンドが常に舞台下手奥で演奏する中、出演者のすばらしい歌とダンスを楽しむことができました。さすがにブロードウェイミュージカルだけあって、まさにショーを観ているような感覚でした。それも夢あふれるけれどもやはり絵空事のミュージカルなんかではなく、家賃(RENT)も払えないほどの貧困や侵されたエイズに苦しむ中、同性愛などの様々な愛の形をつまびらかにし、心傷ついた者同士が過去を棄て、肩を寄せ合って今この瞬間を生きていこうと全身で訴えかけるリアリティあふれた舞台になっていました。つくられた当時と時代は違いますが、「派遣切り」などで生きづらくなってしまった現在の日本ともオーパラップするようにも思えました。こんな時代だからこそ、自分を飾ることなく、人を想い人を愛することがどれだけ大切かということが、たくさんのナンバーから胸にしみいりました。特に2幕最初に全員で歌う「1年の52万6000分を愛で刻んで生きよう」は心が震えるほど感動しました。

 どの出演者も抜群の歌唱力とエネルギーあふれるパフォーマンスで、見応えある舞台になっていました。いつもカメラをまわしつつづけ今この瞬間を切り取っていたマークを演じた森山未來、シャイな少年のような表情と柔らかな身体の動きが(タンゴが良かった)印象的でした。マークの友達でエイズ患者のロジャーを演じたK、さすがにその透明感あふれる歌声がすばらしかったです。ダブルキャストのため70回公演となる今回が最後の出演ということで、カーテンコールではMisrockと共に涙の!舞台あいさつをされていました。そしてゲイで無垢な愛を持つエンジェルを演じた辛源、初舞台ということか登場するたびに大きな拍手を受けていましたが、なんとも言えずセクシーでした。

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2008年12月13日 (土)

「表裏源内蛙合戦」 大阪公演 13日昼の部

 蜷川幸雄演出による井上ひさしの作品を観るのは、「道元の冒険」に次いで2度目になります。東京公演の感想を読んでいると、4時間あまりの上演時間にしんどさを感じておられる方が多いようで、正直僕自身も集中して観ることができるか心配していました。しかし、多少お尻は痛くなりましたが、そんなことも忘れさせてくれるぐらいに引き込まれてしまいました。2時間10分の1幕も、1時間40分の2幕もそんな時間がいつの間にたったのかと思うほどでした。それはひとつ、ひとつよく練られたコントを積み重ねたような展開に、井上ひさし一流の言葉遊びによる数々の歌が彩られて、決して飽きることなく劇に乗せられていったからだと思います。蜷川さんの演出も艶やかでそしてコミカルで、変幻自在の感がありました。特にシンクロさせながらも一人一人の存在を感じさせてくれる、エネルギッシュな群衆の描き方が素晴らしい。また一人の人間を表と裏で登場させるというのもおもしろい。才能あふれるが自省的な表の顔に対して、思慮には欠けるが楽観的で行動的な裏の顔。最初はお互いに笑い合って共存できていたのに、表が裏を許せなくなったときに破綻がおきてしまいます。
 
 発明家平賀源内としかあまり知らなかったのですが、この劇を観て彼が作家であり、画家であり、起業家でもあるというマルチな人間であったことがわかりました。また劇を通して、江戸時代という社会の姿も垣間見ることができたと思います。平賀源内が現代に生きていれば、きっとそのアイデアを生かしベンチャービジネスで成功していただろうに、身分や権力がモノを言う封建社会にあっては、平賀源内も奇人でしかなかったのでしょう。最後の「人や国のためにいろんなことをやってきたが、結局自分はは米食う虫でしかなかった」というセリフが悲しかったです。それでも「美しい明日を思うならば」と全員で歌うシーンには胸打たれました。この戯曲ができた70年代の時代の「気分」でもあったと思うのですが、貧困が問題となっている今の人々の願いでもあると思いました。

 表源内の上川隆也さん、時にはコミカルに時にはシリアスに、源内になりきっておられたと思いました。裏源内の勝村政信さん、やわらかい演技で楽しませていただきました。またお二人の歌を初めて聴きましたが、なかなかのものでした。
 

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2008年12月 7日 (日)

「冬の絵空」7日 大阪公演 昼の部

 サンケイホールプリーゼ柿落し公演。リニューアルされてから初めて、この劇場を訪れました。ビルに入るとまず一見ピノキオのような巨大な木製の操り人形が出迎えてくれます。ホールはビルの7階にありました。ロビーがちょっと手狭な感じがした以外は、外は白、中に入ると黒に統一されて大変美しく仕上がった劇場でした。
 
 「冬の絵空」の絵空とはたぶん絵空事の意味なんだろうと思います。つまりありもしないということ。赤穂浪士の吉良邸討ち入りという劇場型事件を舞台にして、しかも大石内蔵助が味方をも欺いていたということを逆手にとって、私たちがよく知っている「忠臣蔵」とはかなり異なる解釈で、ウソとマコトを描いていきます。元禄という人々が常に新しい快楽を求めていた時代にあって、赤穂浪士というのは、絶好の庶民の要求を満たすスーパーヒーローだったのでしょう。しかし、ホントはそんなスーパーヒーローなんて絵空事にすぎないのに、乗せられてはめられてウソのお芝居を演じなくてはならなくなった、そんな感じで物語は進んでいきます。観ていて誰が本気なのか、わけがわからなくなってしまいます。また事件のウソ・ホントだけではなく、現世と来世、人間と犬の境目さえもウソかホントかわからなくしてしまう手のこんだ展開にもなっています。現代においても、ウソの世界に人々は酔ってしまっているのではないか、そしてありもしないことを現実におこそうとしているのではないか、そんな警鐘とも受け取れました。
 
 そう書いてしまえば、難解な演劇のように思われてしまいますが、生瀬さんをはじめ実力ある演技陣で、結構コミカルでエンターテーメントの要素も十分含んでいて、何度も笑わせていただきました。ブーフーウーの三匹の子豚の話などは最高に面白かったです。
 
 沢村宗十郎という歌舞伎役者を演じた藤木直人、いつも正面を見据えた演技がでとてもカッコ良かったです。特に仮面ライダーの変身ポーズばりの振り付け、そして細身で繰り出す殺陣がシャープで素晴らしかった。娘役と尼役を演じた中越典子、現実的な娘と幻想的な尼という難しい演技となりましたが、とても落ち着いていて安心して観ることができました。

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2008年11月 2日 (日)

Piper10周年記念公演第2弾「ベントラー・ベントラー・ベントラー」1日、昼の部を観て

 カーテンコールで後藤ひろひとさんは、「みなさんの見終わった後の感想を一文字で表すなら、『で?』、二文字で『んで?』、それで私の答えは三文字で『べつに』」と沢尻エリカのようなことを言われていましたが、僕は大王に敬意を表してきちんとわかりやすくストーリーと感想を書きたいと思います。

 まずストーリーは、たぶん地下にあるであろうと思われる、実は軍の機密研究施設らしい、よくディズニーランドやUSJのスペースもののアトラクションに乗るまでに通っていくところにあるような、パイプや鉄のドアがむき出しになった部屋に住み着く、めっちゃストレンジな三人家族にまきおこる、ボビー=バレンタイン監督誘拐事件にまつわる、詐欺師や宇宙人おたくなどがひきおこす、SFかSMか、ファンタジーかホラーか、判断不能の超ドタバタお馬鹿ワールドのお話。ということで、おわかりになられたでしょうか。それでもまだ「で?」と言われる方のために感想を書きます。まず何がどのようにつながっているのか、地上は上なのか下なのか空想をかきたて、最後はそんなものどうでもいいと思わせる空間をつくりだしている舞台が見事です。その中で繰り広げられる、誰と誰がからんでいたのかを考えているうちに、わけがわかからなくなってしまい、最後には考えることは無駄であると思い知らせられ超高速の回転木馬のような展開が見事です。数々の宇宙人語や飛び交う電波、奇天烈なファッションに神経回路が寸断され、最後には原始反射的に笑いの筋肉をひたすらけいれんさせられる演技が見事です。こんなものでご理解いただけたでしょうか。
 
 前作の「ひーはー」ではウマの着ぐるみが可愛らしかったですが、今回は宇宙人?怪獣?が登場し、じっと2階を見つめる場面が最高におかしかったです。また山内圭哉と腹筋善之介が歌う「友情ソング」は、ぜひCDにして発売してほしいと思いました。

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2008年9月15日 (月)

演劇集団キャラメルボックス「嵐になるまで待って」 大阪公演 15日昼の部

 声優をめざすユーリー(渡邊安里)は、スタジオに来ていた音楽家の波多野(細見大輔)が、聾唖者の姉(温井摩耶)を俳優の高杉(石原善暢)から守ろうとしたときに、他の者には聞こえない「死んでしまえ」という声を聴いてしまう。ユーリーは友人の幸吉(土屋裕一)にそのことを相談するのだが・・・・。
 
 今日は前説に現れた三浦剛さんが手話を使って、いつもの諸注意をされていましたが、ドラマの中でも手話がひとつの演技ツールになっていました。それもこの演劇が聞こえない言葉がテーマになっているからだと思いました。キャラメルにしては珍しい、ミステリータッチのサスペンスもので、「嵐になるまで待って」という題名も、映画でオードリーヘップバーンが盲目の女性を演じたサスペンス「暗くなるまで待って」をもじったのでしょうか。キャラメルらしく、スピード感あふれた緊張のある舞台で、雷鳴の迫力にも驚かされました。それでも、いたるところに笑いはいっぱいで、「阪神が優勝するためには、縦縞を横縞に変えて」という岡田監督の言葉がおもしろかったです。最後の人を殺めようとしていた弟に、姉が手話で必死で止めようとする場面が胸を打ちました。時には言葉よりも、思いのこもった言葉にならない言葉の方が、人の心に訴えることができると感じました。
 
 ひたむきで一生懸命さを体感させてくれる演技の渡邊安里さん、すばらしかったです。おとぼけ役で芸達者な西川浩幸さん、さすがでした。カーテンコールで手話の通訳をされるのがおかしかったです。ここまでみなさんが手話が上手になるためには、きっと大変な努力があったのだと思います。

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2008年8月21日 (木)

「五右衛門ロック」20日 大阪公演 夜の部

 会場の大阪厚生年金会館の前は歌舞伎のような役者ののぼりが立てられ、芝居の雰囲気をいやが上でも盛り上げていました。20分の休憩をいれて3時間20分の長丁場。劇団☆新感線の演劇を初めて観ましたが、うわさに違わず、荒唐無稽、波瀾万丈、抱腹絶倒、絢爛豪華な舞台でした。ロックの生演奏、ストロボ発光のような照明、耳をつんざく音響、壮大な舞台美術、パワフルな殺陣 、意表をつくフライング、そして歌あり踊りあり、これは考えて観る演劇では決してなく、発せられる「息吹」の振動を体感する演劇だというのがよくわかりました。

 大泥棒の五右衛門が登場しますが、よく知っているストーリーは最初の釜ゆでの刑の場面だけで、後は全くの中島かずき氏の創作。劇画タッチかと思えば、ギャグマンガ風になったり、これはオセロかハムレット?と思いきや、思いっきり「ルパン三世」になったりで、理屈を考える自由すらあたえられない面白さでした。そう言ってしまえば単なるハチャメチャ、ドタバタ劇と思われるかもしれませんが、その中にあってしっかりメッセージは込められていました。島と運命を共にする心優しき先住民のホッタル族、支配者から人々を救おうとしたクガイ王など、いっぱい笑わせてももらえましたが、最後は胸が熱くなるものが確かにありました。

 コミカルな役まわりだったけど、ギターを抱えて歌を歌うなどやっぱりカッコ良かった江口洋介、脱力系の五右衛門でしたが、しっかりとつぼをおさえた演技が光った古田新太、やっぱり悩みをかかえるキャラでしたが、歌やダンスに若さを発揮した森山未來、息子との葛藤と言えば、「華麗なる一族」を思い起こさせる圧倒的存在感の北大路欽也、妖艶な歌とダンスが悩ましかった松雪泰子(特に黒い衣装に赤マントの北大路欽也とからむ、アラビアンスタイルのダンスは鳥肌がたちました)、ちっちゃいアナタと濱田マリにいじられ歌われる、可愛らしかった橋本じゅん。そのほか川平慈英など豪華なキャストに魅せられ、本当に幸せな観劇となりました。そして、最後にはみんなで森山未來君の誕生日もお祝いできました。

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2008年8月10日 (日)

「道元の冒険」大阪公演 9日昼の部

 井上ひさし作・蜷川幸雄演出で3回目となる作品。

 学生時代に原作の戯曲を単行本で読んだことがあります。内容はほとんど忘れてしまいましたが、漢字の言葉遊びのところが妙に面白かったのを覚えていましたら、やっぱりありました。「表意文字ソング」。女偏をみてみると「良い女は? 娘」「古い女は? 姑」「男を立てる女は? 妾」などなど歌いながら、壁に書きながらのさながら漢字ショーのようでありました。「道元が、どげんした」とか、とにかく井上ひさし一流の言葉遊び、しゃれなどこれでもかといわんばかりの洪水で、「ござるトーク」に「和歌集トーク」、特に小説の題名だけで自分の経歴を語る「小説トーク」は秀逸でした。言葉だけではなく、出演者の全員が一人で何役も演じ、お約束のわざと同時に出る場面を作りあげ、舞台上は大変なことになっていました。しかし、笑いの中にも、道元のメッセージはしっかりと送られてきました。ものごとをあるがままに受け止めるということ、いろいろな目でものごとを見ること、何が価値があるか見極めるというものです。人とは何か、「滅する者なり」。それがわからず権力、権勢、富に執着するあわれさ。しかし、そのあわれさを権勢者の前で説いたとき、それは「狂気」とみなされてしまいます。その狂気を現代に通じるものとして、蜷川演出が見事に描いていました。最後の終わらせ方で(幕が降りた時、客席からは「えーっ」という声が上がっていました)、様々な手法で安心して楽しませて頂いた演劇に、一転して途方もない不安の奈落に突き落とされてしまった感がありました。決して答えを与えない、それも演劇の姿なのでしょう。笑っただけではすまされない、それが今日の感想です。
 
 道元役の阿部寛、映画では何度も拝見していますが、舞台では初めてです。まずその大きさにびっくり。威厳ある姿、茶目っ気な姿、苦悩する姿という複雑な役所をうまくこなしておられました。栗山千明、NHKドラマ「ハゲタカ」のシャープな演技とは違い、すべてにおいて新鮮な感じを与えてくれました。そのほか、高橋洋が貴族役や中国人役を器用にこなして、一番笑わせてもらいました。

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2008年7月13日 (日)

演劇集団キャラメルボックス「水平線の歩き方」「ハックルベリーにさよならを」神戸公演 12日昼の部

 初めてキャラメルボックスのハーフタイムシアターを観ました。これはキャラメル言うところの「短編演劇」で、1時間の演劇を続けて(間に1時間の休憩が入りますが)2本上演するというものです。最初は短編小説を読む感覚かなと思っていましたが、終わってみれば1本の演劇も結構長く感じられ、十分2時間ものに匹敵するぐらいのボリュームがあったと思います。それだけ演技陣に観る者を引き込む力があったからに他なりません。
 
 1本目は「水平線の歩き方」。ラグビーマンの幸一が自分の部屋に帰ると、一人の女性がいた。それは23年前に病死した母・アサミだった。幸一は母の知らない23年間の自分の人生を語り始めるのだが・・・。これもキャラメルお得意の「この世」と「あの世」を越えて家族が出会うという作品です。最初は幽霊もお菓子をぱくつくなどコミカルでアップテンポな展開でしたが、しだいに幸一が隠していた事実が明らかになるにつれ、哀愁が漂っていきます。死んだ肉親が登場するというパターンはやはり涙腺が弱くなってしまいますね。一人で生きていくことを決意していたはずの幸一が、実は母のいない寂しさを心に押し包み、母も水平線の彼方から息子をじっと見つめていたあたりは本当に胸が熱くなってしまいました。強がりから失望へと巧みな演技を見せてくれた岡田達也と、チャーミングで優しい母を演じた岡田さつきとのかけあいの演技が素晴らしかったです。
 
 2本目は「ハックルベリーにさよならを」。12歳のケンジはカヌーの川下りをあこがれている。しかし離婚した父親に好きな女性が現れ、それを許せないケンジは一人で隅田川の川下りを始めるのだが・・・。この作品のおもしろいところは、12歳であった自分の本当の気持ちが大人になってわかるようになったボクが、12歳で時が止まったままの自分に出会い、押し殺していた本当の自分の気持ちを気づかせようとするところです。後から思えば、なぜあの時素直になれなかったのか、というよくある少年の日の思い出を、海に向かってこぎ出すハックルベリーになぞらえて美しく演じられていました。ケンジにつきまとう少女役の井上麻美子の演技がおもしろくて印象的でした。
 
  二つの作品は全く別々の物ではなくて、同じ名前の登場人物が出てきたり、携帯電話が次元をこえた会話をつなぐ役割をはたしたり、12歳の少年の頃の話が中心だったり、やはり2作品を観ることで、キャラメルらしさを感じることができたように思います。「ひとつぶで2度おいしい」というかつてのグリコのコマーシャルのようなお得感もありました。グリコで思い出して、キャラメルボックス・キャラメル1個150円を買って、かみしめればかみしめるほど甘いキャラメルを食べながら帰路につきました。

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2008年6月14日 (土)

G2演出「A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM」14日大阪公演 

    G2の翻訳シェークスピア物ということで、きっと現代風にデフォルメされているんだろうなと思いきや、場面もそのままアテネの森になっているし、けっこうセリフも本格的で、特にハーミア(神田沙也加)とヘレナの確執の場面など本物!のシェークスピア劇を観ているようで演技に熱が帯びていました。舞台美術も蜷川さんのようなシュールな空間を作っていたと思います。ただ、やっぱり出演者の衣装はみなさんポップな、はじけたいでたちで、このあたりから観ればシェークスピアにけんかを売っているなということがありありと感じられました。その衣装に「観ればアテネの市民の服装だとすぐわかる」というセリフが入っており、どこがやねんと思わず突っ込みをいれたくなりました。突っ込みというと、ほとんどシェークスピアのセリフらしいセリフを言ってなかったのが、山内圭哉扮するデミートリスで、シェークスピア劇に対するボケ・ツッコミ役に徹してしたかのような感があり、しばしば爆笑をまきおこしていました。(特に心の貯金がどうのこうのと言っておいて「このセリフの意味ようわからんわ」というところがおかしかったです)それから橋下知事のせいで「ワッハ上方」がなくなるとか、G8の開催で渋滞して困るとかの大阪ネタや、スピード社の水着でワキが切れたとかの時事ネタもとりいれて笑わせていました。さらに、おばか風の妖精たちや、素人風の歌やダンスもコメディタッチで楽しませてもらいました。
 
   現代のわれわれ日本人(大阪人!)にも笑えるシェークスピア喜劇にしたてた、G2さんの意図はよく伝わってきましたが、妖精を使って人間の闇の世界を引っかき回し、最後は幸せなおさまり方に光りをあてるというその手法は、やっぱりシェークスピア劇そのものだったような気がします。

 特に印象的だったのは妖精のパックを演じた植本潤さんです。観客をいちばんわかせていたのも彼のチャーミング?でアグレッシブな演技だったように思います。

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2008年4月27日 (日)

演劇集団キャラメルボックス2008スプリングツアー「きみがいた時間 ぼくのいく時間」大阪公演 26日 昼の部

 上川隆也、3年ぶりのキャラメル舞台作品。設計技師の秋沢里志(上川隆也)は、ニューヨークから帰国後、自分の帰りを待ち続けてくれていた恋人の梨田紘美(西川繭子)に心打たれ結婚する。しかし、その後、紘美は妊娠の検査を受けるために病院へ行く途中、交通事故で命を落としてしまう。悲しんだ里志は、開発中のタイムマシン「クロノス・スパイラル」で39年前に戻り、事故の日までまとうとするのだが・・・・・・。
 
 キャラメルお得意のタイムマシン物ですが、主人公は一瞬にして1970年にもどりながら、事故の日まで39年間待ち続けるというストーリーで、SFと大河小説の要素を併せ持ったような不思議な作品でした。愛する人を生かしそして救うためだけに、ただひたすら39年間の歴史を守りつづけるという姿がせつないですね。また当然予測できたはずだろうけど、出会えた頃には確実に肉体は老化してしまっているという悲しい話でもあります。それでも最後に、「君の未来は僕の手で守る」という生き延びた新しい里志と紘美が、誓い合う場面には胸が熱くなりました。前半部分に伏線がたくさん散りばめられてあって、構成もうまくされていたし、キャラメルならではのギャグやアクションも盛りだくさんで、たいへん面白かったです。ときおり出てくる「インド人もびっくり」とか「あっと驚く為五郎」とかは、若い人には何のことかわからなかったかもしれませんが・・・  

 この舞台はなんと言っても、上川隆也ですね。テレビでは演じきれないところを、舞台の上では伸び伸びと、変幻自在に(こんなこともできるよと、ひざを抱えて舞台を転び回っていました)演技されていたし、声優にもなれそうな確かなセリフで他を圧倒されていました。「功名が辻」観てましたかと突っ込まれて、「観る分けはないでしょうと」と答えていたところは場内、大爆笑でした。やはり、彼は舞台俳優であることを改めて思いました。

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2008年4月20日 (日)

「歌わせたい男たち」 20日大阪公演 シアタードラマシティ

 朝日舞台芸術賞グランプリ、読売演劇大賞最優秀作品賞受賞作品。
 ある都立高校の卒業式の日の朝 。ミスタッチといわれる音楽の仲先生(戸田恵子)は、シャンソン歌手から転身した講師で、初めてのピアノ伴奏のプレッシャーから保健室のベッドで横になっている。そこへなんとか国歌斉唱を無事にすませたいと願う校長が、様子を見にやってくるが、一番の悩みは内心の自由を盾に国歌を歌おうとしない社会科教師・排島先生(近藤芳正)の存在だった。
 
 ひさしぶりに社会派の良心的な演劇を観ることができました。商業演劇として、よくもこのような重いテーマをとりあげられたと、主催の「二兎社」と劇作家の永井愛氏をまず讃えたいと思います。国歌斉唱というたった「40秒」のセレモニーをめぐり、ここまで争わなければならないのかと、それこそコメディにでも仕立て上げないと見られないようなできごとが実際におこっているのです。歌わせたい教師も、歌わせられたくない教師もどちらも悩み抜いていることが、演技からよく伝わってきました。僕自身も、教育現場にいる人間なんで、教育委員会と職員の板挟みになって苦しい校長の立場、決して自分の信条のためだけに反対を貫こうとしているのではない先生達、そして公務員としての自分の生活を守ろうとしている先生たちのそれぞれの思いがよくわかります。排島先生が校長に向かって「私はあなたの本当の気持ちが知りたいだけなんです」という言葉が、心に強く残りました。本来、生徒が主人公でその門出を祝福する場である卒業式が、教師の踏み絵のような場面になってしまっていていることを悲しく思います。
 
 コメディですが、しゃれやギャグで笑いをとるのは「名古屋弁」ぐらいで、あとはセリフやシチュエーションで観客をわかせていました。それだけ、脚本がよく練られている証だと思いました。校長と排島先生の間に挟まれて、右往左往する音楽教師の役を戸田恵子さんが、チャーミングに演じられていました。最後に「歌ってよ、愛の歌」を歌われた後涙ぐまれているようにも見えました。

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2008年4月13日 (日)

劇団四季「オペラ座の怪人」4月12日 夜の部 大阪四季劇場

 ハービスENT7階にある大阪四季劇場に上がるエレベーターが、6階まで着いたとたん一気に地下一階まで急降下。「すわ、怪人の仕業か!」と思いきや、乗り合わせた乗客が誰一人7階のボタンを押していないだけのことでした。さて、席に着くともう自分はパリ・オペラ座の観客のひとりに。何度見ても四季の舞台美術はすばらしい。巨大シャンデリアが光り輝きながら昇っていくと、今まで気づかなかった意匠こらした舞台装飾が暗闇の中から、浮かび上がってきます。
 
 「オペラ座の怪人」は京都劇場に次いで、2回目となります。仮面舞踏会に代表されるきらびやかな豪華さは何度みても心沸き立つものがありますが、京都の時とは演出や構成が少し変わっていたように思えました。情感よりも迫真、ラウルとクリスチーヌの純愛よりもファントムの悲恋に重きがあったかのような気がしました。特にファントムを演じられた佐野正幸さんの声量と演技の魅了されたせいか、醜さゆえに身をかくしつつも、ひたすらクリスチーヌを思うファントムの哀れさに惹かれてしまうところがありました。そしてなんと言っても、数々の情感あふれ名曲。特にクリスチーヌとラウルが歌う「オール・アイ・アスク・オブ・ユー」は涙がでるほど感激してしまいました。
 
四季の作品、次回は6月に「ウェストサイドストーリー」を1列目で観る予定なので今から楽しみにしています

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2008年1月 5日 (土)

ミュージカル「テイクフライト」 大阪公演 5日昼の部を観て

 今年最初の観劇は、宮本亜門演出のブロードウェイミュージカル。女性として初めて大西洋横断飛行に成功したアメリア=エアハート(天海祐希)を中心に、ライト兄弟(池田成志・橋本じゅん)、チャールズ=リンドバーグ(城田 優)の3つの物語が並行して描かれていきます。このミュージカルを紹介してくれた知人の話などから、前評判はあまり良くないと聞いていたので、もとより大きな期待をしていなかったのですが、題材もさることながら、その構成も結構斬新な感じのミュージカルで僕としては思いのほか楽しむことができました。

 まず舞台美術ですが、全面に大きな壁のようなものが引きずり出され、その壁が映像によって飛行機になったり、いくつも開く窓から部屋の様子がうかがえたり、あるいは教会にあるいは格納庫にあるいはビルに成り変わっていきます。その結果飛行機をあつかったミュージカルにふさわしいスピード感あふれる舞台転換になっていました。
 
 次に歌ですが、最初の方はメロディにとぼしい曲が多かったので耳になじまなかったのですが、結婚を申し込むプロデューサーのパットナムに、「本当の私を見て」とアメリアが歌う場面は、胸が熱くなるものがありました。名声や栄光を求めて空を飛ぶのではなく、とらわれのない自由を求めて空を夢見るアメリアの姿が浮き彫りにされていきます。そして、出演者全員で歌う1幕最後の曲、「夜明け前 闇は深い でも行こう かすかな光を求めて」これも力強くて素晴らしかったです。 終演近く、アメリアの悲劇的な最期に、パリに到着し絶賛されるリンドバーグとそして彼女をここまで魅了させることになる飛行機の発明をオーパラップさせ、「TAKE FREE TAKE FLIGHT」と歌い終わるところは、人間には、自らを犠牲にしてでも果てない夢への挑戦をやってのけるひとにぎりのすごい者と、それを見て賞賛するその他大勢の者に分かれることを示唆しているような感じがしました。
 
 天海祐希さん、女性飛行士の役を魅力的に演じておられましたが、操縦の場面がほとんどなくて残念でした。リンドバーグ役の城田 優君、高い身長を活かしたダイナミックな演技や歌でかっこ良かったです。ライト兄弟役の池田成志・橋本じゅんはコミカルな役どころで、楽しませてくれました。

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2007年12月15日 (土)

東京ヴォードヴィルショー「エキストラ」大阪公演 15日昼の部

1070920332eextraposter1_2   BRAVAの対岸にある大阪城ホール周辺は、今日は大変なことになっていました。というのも人気グループ”NEWS”のコンサートに、イケイケギャル達が大挙しておしかけていたからです。その中をかいくぐり場違いな雰囲気でようやく劇場までたどりつくと、そこにはそれなりの観客が集まっておられて、ようやくほっとするものがありました。さて 東京ボードヴィルショーの「エキストラ」ですが、内容については以前にWOWOWで放映されたものを観た感想http://hishiya.cocolog-nifty.com/mokumoku/2007/02/post_797f.htmlがありますのでそちらをみていただくことにして、今日は新たに気付いたことを書きたいと思います。
 
 今回はまず客演の伊東四郎さんと、はしのえみさんがいないということが決定的に笑いのスケールを小さくしてしまっていました。(その分おおぶりなアクションでカバーされようとはしていましたが)特に伊東四郎さんの存在がやはり大きい。伊東四郎さんがされていた役の方と、佐藤B作さんのかけあいが今日はうまくかみあっていなかったようです。それから最初WOWOWで観たときは、待遇改善を訴える覚野卓造さん演じるエキストラの思いに共感しましたが、今回もやはりエキストラの悲哀は感じながらも、芸能界でプロとして生き抜くためには、エキストラに冷淡なADさんや、狡猾な佐藤B作演じるエキストラ上がりの俳優の態度も理解できるような気がしてきました。24人もの登場人物がいるのに、その一人一人の思いをはき出させている三谷脚本のすごさに改めて気付かされました。

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2007年11月 3日 (土)

劇団SET「教育再生シリアスゲーム 昭和クエスト」大阪公演 3日昼の部

 歌謡ショーの雰囲気もあり、ミュージカルっぽいところもあり、コントを観ているようでもあり、さすがに「ミュージカル・アクション・コメディー」の冠たるにふさわしい内容の楽しい作品でした。ストーリーは現代の中学生を、ゲームの世界の中に作り上げた60年代に送り込み、大人たちが今より良かった思っている時代を追体験させようというものです。劇団スーパー・エキセントリック・シアターは今回が初めてなんですが、三宅裕司、小倉久寛、野添義弘のからみが爆笑でした。特に練ったギャグではなく、ただ同じことをひつこく繰り返すことで笑いをとる手法で、しかもその場の雰囲気で、アドリブ的に芝居を作っていくというベテランならではの芸でした。「星のフラメンコ」「花は遅かった」など昭和40年代歌謡曲のオンパレード、若い人には全然わからないだろう「アスパラでやり抜こう」とか「おめぇ、へそねぇじゃねーじゃないか」などのCMの連発も涙が出るほど懐かしかったです。マリオ・ブラザーズの登場やビートルズの演奏など、全体的には観客を楽しませようとする、サービス精神に満ちあふれた造りになっていて、これだけいろいろなものを低料金でみせて頂ければ満足の極みです。できれば、送り込まれた中学生がもっと、いろいろな文化ギャップにとまどったり、昭和の中学生に現代のことを話してやったりするシーンなんかがあると、作品に厚みがでるように思ったのですが。それでも、劇中にあったように「昔は良かった」だけでは、大人たちのノスタルジアで終わってしまいます。今、この時間を生きている若者たちにとって何が大事か、何が必要かを考えていかないと、教育は何も変わらないのだと思いました。
 
 カーテン・コールで、劇中セリフを忘れてしまった永田耕一を三宅裕司がとっちめたり若い劇団員のお母さんが客席で振る団扇が紹介されたりで、この劇団のアットホームな雰囲気がそれたけでよくわかりました。

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2007年10月 7日 (日)

舞台「レインマン」大阪公演 6日夜の部

Panf21  小中合同運動会の片付を終えて直ぐに、シアターBRAVAに向かいました。6時の開演には何とか間に合いましたが、運動会の疲れでひよっとしたら爆睡してしまわないか心配でした。しかし、それも取り越し苦労で終わるほど「レイマン」の舞台に引き込まれてしまいました。
 
 ネットトレーダーのチャーリー・バビット(椎名桔平)のもとに父親の死の知らせが入る。しかし、遺言により遺産金は、チャーリーもその存在を知らなかった、自閉症で施設で生活する兄レイモンド(橋爪功)が相続したと知り、ショックを受ける。レイモンドと出会ったチャーリーは衝動的に兄を連れ去り、愛人のスザンナ(紺野まひる)とともにロサンゼルスの自宅へ向かう旅にでるのだが・・・・・。
 
 ロードムービーだった「レインマン」をどのように、舞台という空間の中で時の流れを作り出すのかに関心がありました。最初は限定した場面の設定に脚色されるのかと考えていましたが、それは見事に裏切られ、一枚の壁を挟んだ舞台を回転させることで、ホテルやレストラン、そしてロスの自宅と映画通りの「兄弟の旅」を表現していました。冷徹で父親を嫌悪していたチャーリーが、自閉症の兄の純粋な魂に触れることで、家族愛に目覚めていくストーリーが感動的でした。雨の中傘を持つことで、人との関わりが絶たれることに喜びを感じていたチャーリーと、数字や同一性にこだわることで自分の世界にカギをかけていた二人が、いつもの自分でいなくても良い「旅」という非日常の世界の中で、心を開いていきます。特に二人がサッカーボールでリフティング(椎名桔平さんめちゃくちゃうまい)の回数を競い合うシーンが印象的でした。コミカルな中にあって、ヒューマンな雰囲気をうまく描いていたと思います。
 
 椎名桔平の苦悩から解き放たれ、家族愛 ・兄弟愛に目覚める演技が巧みでした。年齢から考えて自閉症の兄を演じるのは、非常に困難ではないかと思われた橋爪功ですが、無味乾燥な知識の羅列のセリフが続く中において、自分の心情を吐露する場面が秀逸でした。出番の度にコスチュームが違う紺野まひる、可愛らしさの中に気持の強さを感じさせてくれました。

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2007年9月15日 (土)

吉本新喜劇エキサイティングツアー ’07 大阪公演 15日昼の部

0000038011  NHK大阪ホールで観る吉本新喜劇とはどんなものかと、始まる前から楽しみにしていました。オープニングの曲がテクノ系で、これはちょっと違うぞと思っていたらやっぱり途中からあのテーマソングに変わってしまい、幕が開くといつもの「花月うどん」の舞台で、始まりはやっぱりいつもの新喜劇でした。ただ今回は新喜劇オールスターで、内場勝則、辻本茂雄、小籔千豊、川畑泰史、石田靖、池乃めだか、島木譲二、末成由美、浅香あき恵、未知やすえ、山田花子という超豪華版でした。一度にこれだけの役者が観られるというので観客も、登場のたびに盛り上がっていました。その中で何度観てもおもしろいのが、辻本茂雄とその手下のヤクザによる「変わり種トーク」。ローテーショントーク、民謡トーク輪唱トークなど、みなさん歌もうまくて、これは新喜劇のネタの中でもピカイチですね。
 
 オーソドックスに進むと思われていたストーリーが突如思いもよらぬ展開になるのは、小籔千豊扮する宇宙人の登場からです。(そのとぼけた節操のない宇宙人を小籔が、好演し笑いをよくとっていました) クレヨンシンちゃんばりの「吉本帝国の逆襲」という感じの、SF物になっていきます。帝国本部の舞台セットなどは本格的な演劇で使われるような凝ったものになっていて、びっくりしてしまいました。そんなセットの中でやる新喜劇というのは挑戦的な感じがしましたが、ネタそのものには新しいものは少なかったり、暗転が多すぎたりでもう一工夫ほしかったところです。それでも川畑泰史の絶妙のつっこみや、今までにない役どころの浅香あき恵の熱演などが良くて、全体的にはおもしろい作品に仕上がっていたと思います。

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2007年9月 2日 (日)

Piper結成10周年記念公演「ひーはー」1日 大阪公演 昼の部

Image  カーテンコールで後藤ひろひとさんが「今日、帰ってからブログでストーリーを書こうと思っている人もいるだろうけど、お前らごときに書けるわけがない」と叫んでおられましたが、まさに常人では追いつけないほどのストーリー展開でした。それをあえて書かせてもらうと、たぶん大阪にあるらしい西部劇風の装飾を凝らしたステーキハウスを経営する家族におきる、ギタリスト殺害事件と妻の愛人問題がからむ、西部劇おたくの連中とイベント業者、外人部隊がくり広げる大スペクタル活劇。後藤さん、こんなものでいかがでしょうか。書いていて自分でもわけがわからなくなってしまいましたが。とにかく、互いの誤解、思い違いがめまぐるしく、スピーディに観客を笑いの世界に引きずりこんできます。
 
 「ひーはー」というのは、元々カウボーイ達が使うかけ声らしいのですが、劇中では興に乗じたなりきりガンマンがしばし発していきます。(観客も最後に全員総立ちで、「ひーはー」をさせられました)吉本でならされている大阪人にとっては、このようなテンポある笑いはよく受けるのだと思います。そしてツボを心得て大阪ネタもふんだんでした。セリフの大阪弁をはじめ、「生玉神社のお札」、「住吉商業高校(誰か卒業生がいるのか)」「吉本興業のチュートリアル」など、そして名前だけの出演という珍しい出演で、この劇のキーワードにもなる「クロードチアリ」(劇中のギター演奏もそうなのか?)
 後藤さん本人も言われていましたが、心に何も残らない劇だったけど、本当に愉快なお遊びの劇として楽しく観させていただきました。
 
 キャストでは、舞台にいるだけでユーモラスで熱い山内圭哉、メタボでちょっとホラーも入った平田敦子、場違いな雰囲気で演技を無理していた(たぶん演出か?)水野美紀など、 じっとみつめる不動の姿とオルゴールを聞き入る姿がおかしかった腹筋善之介などが印象に残りました。それから、着ぐるみで登場の頭だけの「ウマ」、すごい可愛らしかったのでもっと「演技」が見たかったです。ちなみに、同じ家族で山小屋を舞台にした「やーほー」という劇も次回考えられているそうなので、それもぜひ見たいです。

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2007年8月11日 (土)

演劇集団キャラメルボックス「カレッジ・オブ・ザ・ウィンド」大阪公演 11日昼の部

Courage_poster1  昨年夏の「雨と夢のあとに」に次いで今回も、キャラメルボックスお得意の死者との交流から、家族愛や命について感じさせてくれる作品に仕上がっていました。軽快な音楽と、元気あふれる演技はいつもと変わりありませんでしたが(楽しみにしているプロローグでのダンスが無かったのが残念)、いつもと違うのは、先の展開がなかなか読めないというストーリー構成だったということです。交通事故で家族5人を失った高梨ほしみ(高部あい)のおじさんである鉄平(大内厚雄)が、なぜ刑事に追われているのかという謎を最後まで明かすことなく、一種ミステリータッチになっていて観ている者を劇に引き込んでいきます。もちろんキャラメルらしく、笑いどころ、泣かせどころもふんだんにありました。三浦剛のモアイ、大内厚雄のくいだおれ人形とか風貌からのギャグや、生者には見えないことを良いことに、サッカーボールをぶつけたりする場面など最高におもしろかったです。

 死者が登場するという話は、それだけでも涙腺がゆるんでしまうのに、今回は家族ぐるみの死者たちで、「死んでしまった者には、もう生きている者を励ますことも、生きている者と触れあうこともできない」といセリフはたまりませんでした。逆にそれだけ「生きている」ということがどんなに素晴らしいことか、「家族は好きというだけで、それだけでいい」という言葉があったように家族が向き合っていくことがどれだけ大切かを教えられた気がします。「千の風になって」ではないけれど、死者は風になって生きている者にそよぎ、生者はその風を帆を広げて受け止めるようなお話も良かったです。
 
 ほしみ役の高部あいさん。初めて観る女優さんですが、よく通る歯切れのいいセリフが印象的でした。特に家族を失った悲しみをこらえながらも、精一杯明るく振る舞おうとする演技は見応えがありました。また、渡邊安理さんの他を圧倒するパワフルな演技、ベテランらしい岡田さつきさんのスパイスのきいた演技はさすがでした。
 
 テーマソングは小田和正さん。前説で加藤昌史さんが、「小田さんは今年で60歳、還暦」と言っておられましたが、決してそんな年を感じさせない透明な歌声で、このお芝居にふさわしい情感を高めていました。

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2007年8月 4日 (土)

蜷川幸雄演出「お気に召すまま」大阪公演4日昼の部

Okini_070419   男性だけのシェークスピア劇は「恋の骨折り損」に次いで、これが2度目の観劇となります。観客の9割以上は女性のようでしたので、男性だけで演じる劇をほぼ女性の観客が観るという感じでした。蜷川さんの演出で、今回のオープニングはどのように見せてくれるかと期待していたところ、まだ衣装をつけていない出演者が全員、観客席の後ろの通路からまさに怒濤のように舞台に上がっていきました。それは「俺達、男だけでやるぞ!」という意思表示のようでもありました。通路といえば、今回の演劇の入退場の多くは観客席の通路を使っておこなわれていて、それは役者と観客とが一体感をもって劇場をつくるという雰囲気になっていました。特にレスリングで敗れた大男を大勢で担ぎ手出すという場面は、まさに臨場感たっぷりで客席も大いにわいていました。
 
 話の方は兄にいじめられていたオーランド(小栗 旬)と、森に追放された前公爵の娘ロザリンド(成宮 寛貴)の恋物語です。そして、この劇のおもしろいところが、男装したロザリンドが自分であることを隠して、恋の手ほどきをオーランドにするというところです。男装はしたものの、女性のしぐさがあっちこっちに思わず出てしまうというところが、喜劇的でおかしかったです。特に男装してからの成宮君の方が、より女性に見えるという不思議な感覚をあたえてくれました。もちろん、それだけ成宮君の演技がすばらしかったからだと思います。
 
 場面は宮廷と森の2場面だけなんですが、特に森の場面がすばらしい。深い森の雰囲気を舞台の奥行きをつかって、上手く表現していました。そしてその森に住む人々の素朴さと、自然が持つおおらかさが人のすさんだ気持を変えていくことを象徴しているにも思えました。
 
 やはりシェークスピアのセリフは聞いていても、理解が追いつかないところが多々ありましたが、恋とは何かという問いかけに「恋とは涙とため息でできている」から始まって、それが輪唱のように広がり繰り返されてところが、詩的でもありたいへん素敵な場面でした。
 
 シリアスに恋に落ちこんでいく演技を正攻法で表現した小栗旬に対して、恋することを楽しみたい女性の情感をコミカルに演じた成宮寛貴の対比が素晴らしかったです。そのほか、なぜか頭にトサカをつけ達者な演技で笑わせていただいた田山涼成、出るだけで観客から「かわいい」とさかんに声が上がっていた羊の「坂本メイ」ちゃん、などが舞台を盛り上げていました。
 
 カーテンコールではウェディングドレス姿の成宮君のとっておきのドッキリサービスもあって、最後まで楽しませていただきました。

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2007年5月26日 (土)

三谷幸喜作・演出「コンフィダント・絆」大阪公演 26日・昼の部

Namase1 「罪深き者、それは芸術家」は劇の最後に出てくるゴッホ(生瀬勝久)のセリフです。この演劇は芸術家に友情が成り立つのかをモチーフにして、三谷幸喜お得意のもしも19世紀末に活躍した、ゴッホ・スーラ・ゴーギャン・シュフネッケルという4人が共同生活したならというシチュエーションで話が展開されます。ただ今回の作品は、いたるところに伏線をちりばめて、考えもつかないような筋書きやすれ違い・勘違いで笑いをとるといった手法でなく、登場人物のキャラの絡み合いで、じっくり見せる芝居作りになっていました。三谷幸喜によれば、新たなコメディのスタイルをめざす挑戦(パンフレットより)だそうです。

 基本的には会話劇なのですが、5人の出演者の絶妙なセリフのかけあいや、リアクションがすばらしかったです。(特にゴッホが自殺のまねごとで、大騒ぎになるあたりは三谷さんの面目躍如の感がありました)第一幕は小ネタで笑いをとりながら、それぞれの芸術家の個性を浮かび上がらせていきます。才能がありながら、自尊感情に乏しく落ち込みやすいゴッホ、優越感を感じたいがために自分の弱さをさらけ出さないスーラ(中井貴一)、友情を大事にし男気のある性格だが、どこか屈折しているゴーギャン(寺脇康文)、仲間のために役立つことを生き甲斐としながら、仲間に認められていないことに気づかないシュフネッケル(相島一之)。それでも仮面的に画家仲間として生活してきた彼らに、本音で生きるモデル(堀内敬子)の登場でその仮面がひきはがされていきます。それゆえに、互いに隠していた内面のぶつかり合う2幕は、コメディと思えないようなシリアスな劇になっていました。特に何があっても「大丈夫」と仲間のため駆けずりまわっていたシュフネッケルが、みんなから「才能がない」とはっきり指弾される場面は、何か自分のことのようで涙があふれてきました。三谷さんの演劇で泣いたのはこれが初めてです。結局三谷さんもこのシュフネッケルのことを一番描きたかったのだと思います。自意識やエゴイズムが強い芸術家の中にあっては、このような人の存在が必要なのだと。
 
 舞台を双眼鏡で観てみると、アトリエの壁に貼ってある絵は、エッフェル塔が完成していく途中を描いたスーラの点描画でした。BRAVAのロビーには完成したエッフェル塔の絵がかざってありましたが。けっこう細かいところまで、気をくばってあったようです。
 
 演技陣では、感情の起伏の激しさを絶妙な演技で表現していた生瀬さん(彼だけ呼び方がさんづけで、フォンさんとなっていたのがまたおかしい)、お坊ちゃん然としたおかしみをうまく醸し出した中井貴一、ワイルドなゴーギャンの雰囲気がぴったりな寺脇康文、人の良さとあわれさを兼ね持つシュフニッケルを好演した相島一之、抜群の歌唱力とかわいらしさで作品を彩った堀内敬子。それに、ピアノ伴奏者が劇に絡んでくるというのも、おもしろい趣向でした。今回は初めて同じ作品を2度観ましたが、いい作品は見るたびに感動するといことがよくわかりました。

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2007年5月12日 (土)

ミュージカル「ジキル&ハイド」梅田芸術劇場 12日昼の部

Seen041  ひさしぶりのミュージカル。ミュージカルと言えば、歌や踊りなど華やかな物ばかりと思っていましたが、今回は少し違っていました。原作は有名な「ジキル博士とハイド氏」。善悪を兼ね持つ人間の二重性を描くだけあって、ミュージカルになってもそのおどろおどろしさは変わりはありませんでした。全体的に照明をしぼり、ダークな雰囲気の中で進行していきます。観客の笑いを誘ったのはジキル博士(鹿賀丈史)が人体実験のために最初に薬を飲むシーンで、薬の感想をノートに書き込むところぐらいです。その鹿賀丈史の歌が前半、元々の声の質とは違うものを感じていたのですが、それはハイド氏に変貌し声も表情も全く変えるための伏線だったのですね。しかし、鹿賀丈史の役者ぶりは見事と言うほかありません。特に最後に二人の人格が次々と現れ入れ替わるところなど、筆舌に尽くしがたい演技でした。美術的には善を青、悪を赤と照明や、婚約者・エマ(鈴木蘭々)、娼婦・ルーシー(香寿たつき)の衣装の対比で表現していました。そのルーシーがジキルに恋をし、彼に明日の幸せを見い出そうとしてた時の衣装は純白なんですね。それだけに純白のドレスが血に染められるところが、いっそう悲劇性を感じさせられました。香寿たつきさんの本格的なミュージカルを観るのは「天翔る風に」以来ですが、声量ある歌声は魂の奥底まで響いてくるようでした。その妖艶さと可憐さを併せ持ち、同じ男に一方では愛され、一方では虐げられるというルーシーを、豊かな表現で演じられて素晴らしかったです。

  最初にも書きましたが、題材が題材だけに、素直に楽しめて終わりというミュージカルではありませんでした。これほど極端ではなくても、確かに人間には二面性があるようにも思えます。本当の自分とはジキルなのか、ハイドなのか、エゴとスーパーエゴ、理性と深層心理、などなどアンビバレンツ(二律背反)な人間心理を考えさせられます。

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2007年4月22日 (日)

蜷川幸雄演出「恋の骨折り損」大阪公演21日夜の部

Ppp  前作のコリオレイナスで鏡を使った演出に驚かされたので、今回は蜷川さんのどんな演出があるのか楽しみにしていました。まずは舞台。大樹の枝が天井までひろがり、葉が茂り時々風になびいている様は、人間のままならぬ心理を象徴しているようにも思えました。実はこの木は小道具で、貴族たちの隠れ場所になったり、王(北村一輝)が枝を女性に見立てて抱きしめもだえる?ことにも使われます。また、客席とは低い階段でつなぎ、役者さんたちは客席の通路から舞台に上がったり、舞台から客席に降りたりして観客と一体化する効果をねらわれていました。時々勢いあまって階段からすべり落ちてしまうこともあり、笑いをさそっていましたが。

 そして最大の演出は何と言っても、演技者がすべて男性ということです。「オールメール」というらしいですが、タカラヅカの逆バージョンという感じでしょうか。フランス王女(姜 暢雄)が王よりも大柄で、時にして「男」がでるあたりがご愛敬でしたが、マライヤ(月川 悠貴)やキャサリン(中村 友也)らは見るからに可憐な女性を演じていました。特に4人がそろって目線を男性陣にむけるあたりは、美しく妖艶な感じも受けました。シェークスピアの頃もこのような男だけの演劇が行われていたようですが、喜劇をいっそう喜劇らしくする効果があると思います。シェークスピアの頃といえば、演劇が数少ない娯楽のひとつであったところから、観客へのサービスが多々あったと思うのですが、今回の作品もそのようなところが随所に観られました。たとえば「下ネタ」「だじゃれ」満載のセリフやしぐさ、ラップをいれた手紙の朗読、かぶり物の劇中劇などなどです。ちょっとひつこさを感じるところもありましたが、客席は沸いていたのはたしかです。全体的には男たちのこっけいなほどの恋への純朴さを、女性たちがもてもてあそぶという構図で、「恋の骨折り損」という題名もよくできていた思える楽しい作品でした。
 
 ナヴァール王ファーナンドを演じた北村一輝ですが、テレビのドラマでみるちょい悪的感じではなく、誠実で優しい雰囲気を笑顔をみせながらの演技でした。(貴族風の挨拶のしぐさがちょっとぎこちなかったかなぁ)
 次作の小栗旬 成宮寛貴の「お気に召すまま」も楽しみです。

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2007年3月31日 (土)

「僕たちの好きだった革命」大阪公演

Revo_11_1  熱く、そして笑いのツボ満載のおもしろい演劇でした。シアタードラマシティの入り口には物々しく機動隊員が立っていて、最初何の警備かと訝しく思いましたが、なぜかカップヌードルを食べながら「いらっしゃいませ」と挨拶され、やっとデモンストレーションとわかりました。開演前から舞台では何やらいろいろな人たちが蠢いており、良く観ると脚本・演出の鴻上尚史さんが、泉谷しげるの歌を歌っておられ(終演後も出口で立ってあいさつしておられましたが、よく知らない人は『最初に歌を歌てはった人やん』なとどと言いながら通り過ぎていました)、また中村雅俊さんが時折顔をのぞかせ拍手を受けておられました。こうして始まる前から嫌がおおにも期待を持たせられました。
 
 1969年学生運動華やかりし頃、自由な文化祭を求めて闘っていた高校2年生の山崎義孝(中村雅俊)は、機動隊の催涙弾を頭部に受け意識を失い、その後30年たった1999年に目を覚まし、高校に復学する。そこで彼を待ち受けていたのは・・・・・。
 1969年、僕は中学1年で東大安田講堂の紛争を熱い気持ちで観ていたのを覚えています。自分もあの中に立てこもり一緒に闘ってみたいというような気持ももったものです。しかし今は「学生運動」という言葉自体が死語となってしまって、冷戦が終わり、社会主義が衰亡していく中で「体制の変革」、「革命」、「造反有理」という気分は失せてしまいました。しかし、あの頃確かにみんなは真剣に考え、討論し、日本を何とかしたいという気持で一杯だったと思うのです。このドラマはその頃の挫折した自分たちへのノスタルジーももちろん含んでいますが、今の若い人たちへのメッセージもしっかり送っていました。「自分の正しいと思うことを、自信をもってやりとげてみよう。それが正しいかどうかは歴史が証明してくれる」と。劇中で中村雅俊が歌った「私たちののぞむものは」には本当に胸が熱くなりました。「今ある不幸(ふしあわせ)に留まってはならない。まだ見ぬ幸せに今飛び立つのだ」このフレーズは、今でも決していや今だからこそ、輝いているように僕には思えました。カーテンコールで久しぶりに拳をつきあげ、観客みんなでシュプレヒコールしたのは何か組合大会みたいでおもしろかったです。
  時代のギャップを中村雅俊が上手に醸し出していました。特に「むかつく」という言葉に大正漢方胃腸薬を差し出したのが秀逸でした。できたら、「ふれあい」でも歌ってほしかったかな。またアジ演説が現代ではラップとなって、その二つがコラボレーションするというのもよく考えられた演出でした。そのほか映像や音楽、場面転換、場面設置など斬新なものを感じることができました。

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2007年3月 3日 (土)

演劇集団キャラメルボックス「サボテンの花」大阪公演

Topimage1_4   開演まで時間があったので、ロビーのグッズ販売で購入した原作本の「サボテンの花」(宮部みゆき著「我らが隣人の犯罪」に所収)を読むことにしました。短編だったため30分もかからずに読み終えてしまいましたが、すでこの段階でそのストーリーにこみあげてくるものがありました。そして開演。前説で「サボテンの花」といってもチューリップの歌でも、藤山直美の人情喜劇でもないと繰り返し言われていたのがおかしかったです。舞台は小学校。6年1組の卒業研究のテーマが「サボテンの超能力」と決まり、担任の宮崎先生(菅野良一)を始め大騒ぎとなるが、ひとり権藤教頭先生(西川浩幸)だけが「子どもの力を信じよう」と研究を認めてしまう。しかし、研究中の生徒の家でボヤ騒ぎがおこったり、研究発表会で披露したサボテンの超能力がインチキだとわかって・・・・・・。
 
 僕の30年にわたる教師生活の中でも、卒業式のころ生徒は思いもかけないことをしてくれたことが多々あります。卒業式が終わった後、教室に入ると生徒が一列に並んでおりひとりずつ花束を渡してくれたこと、あるいは黒板に感謝の言葉を書き連ねてくれていたこと。この演劇もそれが一つのテーマになっています。答えをまちがっても「次はがんばれよ」と励まし、与えられることよりも”NOTHING VENTURE NOTHING  WIN”といつも語りかけていた権藤先生だからこそ、子どもたちは「秘密」にしてでも先生を驚かせ喜ばせ、感謝したかったのです。でも本当に感動しました。後残りの教師生活を最後まで教壇に立って、劇の中でも語られていたように「教室に転がっている宝物」を探し出すことに全力をつくしたいとあらためて思いました。このような気持を抱かせてくれたキャラメルボックスのキャスト、スタッフの方々にお礼を言いたいと思います。
 
 音楽劇ということを強調されているとおり、ミュージカルと見間違えるほど素晴らしく心に残る歌が歌われていました。特に、権藤教頭を支える秋山しずく役の渡邊安里さん、その歌唱力や演技には光るものがありました。客演のコング桑田さん、低音の魅力はなんとも言えませんね。定年前の教師をおさえた演技で好演された西川浩幸さん、「虫」や「セミ」で客席を笑わせてくれた菅野良一さんの熱演、今回も楽しさと感動を与えていただきました。次回の岡田達也さんの出る「まつさをな」も楽しみです。 
 

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2007年2月17日 (土)

蜷川幸雄演出「コリオレイナス」大阪公演

Coriolanus1 以前、瀬戸朝香と東山紀之の「ロミオとジュリエット」は観たことがありますが、本格的なシェークスピア作品はこれが初めてです。蜷川作品は、WOWOWで「天保12年のシェークスピア」を観ただけなので、今回の舞台は大変楽しみにしていました。全体的なことから言うと、出演者はほとんど男ばかりで、一見男達の群衆劇という感じですが、実はコリオレイナス(唐沢寿明)の母親であるヴォラムニア(白石加代子)の「母もの」であることがわかってきます。とにかく、白石加世子の存在は大きく、他の役者を凌駕していましたし、そのインパクトあるセリフが一番客席を沸かせていました。勇猛果敢なコリオレイナスは、貴族として平民を見下すことしかできず、その傲慢さのためにローマを追放される。その報復として彼はローマと敵対するヴォルサイの将軍タラス・オーフィディアス(勝村政信)と結び、ローマを攻撃しようとするが、母親の説得についに矛をおさめローマと和解するも、彼の台頭をよく思わないタラス・オーフィディアスに暗殺される。というストーリーのシェークスピア最後の悲劇といわれている作品ですが、男達の激しいやりとりも、母親の前では子どもの遊戯のようにしか写らなかったのではないかと思われてしかたがありません。そういう意味で壇上に壁画として描かれていた後光を放つシャカ?の絵が母親の姿を象徴していたのかもしれません。

 今回の作品のおもしろかった所は、舞台装置と衣装です。まず幕が開くと「オー」という観客席から声があがりました。なんと舞台全面が鏡になっていて、客席すべてが写っているのですから。その鏡が今度は透明ガラスにかわり、背後の階段のセットが透けてみえるようになります。あたかもそれは巨大な液晶テレビを見ているかのように。場面の転換は、このガラス戸の開閉と階段上に描かれた門や壁画の開閉によって行われます。衣装はローマ時代というより、東洋的色彩が濃いものになっていました。それは日本の影響を受けた「スターウォーズ」の世界に似ていないこともありません。剣は日本刀だし、四天王の仏像がおかれているし、(追放されたコリオレイナスがかぶっていてたのが浪人笠?というのがおもしろかった)また、平民の衣装はチベットか中国の山岳民族のようでもありました。無国籍の背景をねらったことなのかもしれません。衣装の色彩がローマ人が黒、ボルサイ人が白、平民が茶とわけられ、その中に血の赤、ガウンの裏地の赤が映えていました。シェークスピア特有の修辞や比喩の多い長セリフには、ちょっとついていけなかったですが、蜷川演出のおかげで雰囲気は味わえたように思います。

 

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2007年1月 1日 (月)

歌舞伎 決闘!高田馬場

Parco_main 今日から3日間、WOWWOWで三谷幸喜作品が放映されます。三谷ファンにとってはたまらないラインアップとなっています。初日はパルコ歌舞伎「決闘!高田馬場」。昨年放映されたもののアンコールとなっていますが、実は前回、歌舞伎ということで、自分にはわからないだろうと勝手に判断してパスさせて頂きました。しかし、出ておられるのはみなさん歌舞伎役者でしたが、間違いなくこれは歌舞伎に姿を借りた三谷作品となっていて大変おもしろかったです。もちろん歌舞伎を知らない者でも、めりはりのある動作や舞台の転換などその醍醐味は充分味わえました。主演の市川染五郎さんや、大工の又八役の中村勘太郎さんなんかは、三谷作品にすでに登場されておられるので、笑わせるツボのようなものはご存知だったかもしれませんが、特にひきつけられたのは、中山安兵衛の友人の小野寺右京役だった市川亀治郎さんです。はじめから歌舞伎役者のメイクで、登場人物のなかでも目の動かし方や所作が歌舞伎風であったのですが、それらがすごくコミカルなんですね。この人の演技なんか見ていると、歌舞伎っておもしろいんだと思ってしまいます。また後の配役紹介でわかったのですが、堀部ほりという娘を演じてられたのも亀治郎さんだったんですね。やっぱりおやまをされる役者さんだけあって、身のこなしに柔軟性があるのでしょうか。また、最後の高田の馬場にかけつける場面は、歌舞伎と三谷脚本のまさにコラボレーションという感じでした。長屋の人々の人情味をだしてほろりとさせると同時に、歌舞伎のダイナミックでスピード感ある展開で見る者をひきつけます。ただ、お話は高田の馬場に安兵衛が到着するところで終わってしまっていたので、やっぱり題名通りの決闘シーンが見たかったです

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2006年6月18日 (日)

妻をめとらば-晶子と鉄幹-

200606_butai__1 大阪・新歌舞伎座で「妻をめとらば-晶子と鉄幹-」を観ました。取り立てたほどのストーリーは無いのですが、浪漫派歌人として知られる主人公夫妻の どこにでもあるような夫婦の愛憎劇となっているギャップがおもしろかったです。特に教科書に出てくる白秋や啄木などを間にはさんだ夫婦げんかの伝言ゲームはケッサクでした。藤山直美演じる晶子は、情熱的歌人を彷彿させるには無理がありましたが、子どもをたくさん抱えた昔の母親像や、変わりゆく夫に心の寂しさを隠しきれない妻の姿を好演されて、与謝野晶子という人物を身近に感じることができました。また、鉄幹の何度も出てきた「男がすたる」という今は死語となったセリフに、明治の気概のようなものを思わざるを得ませんでした。

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2006年5月14日 (日)

大地真央「マリー・アントワネット」

P1000138  大阪・松竹座で公演中の大地真央主演、「マリーアントワネット」を観てきました。幸運なことに席が前から2列目で、ベルサイユのきらびやかな衣装を堪能し、真央さんの華麗な姿をとくと拝見することができました。アントワネットの悲劇性を表すためか、全体的に押さえた語り口調だったように思いますが、それも、第2幕のマリーの偽物役で登場されたときの、べたな大阪弁の炸裂のギャップ効果をねらわれていたのかもしれません。さてお芝居の方は、山本学の重厚な語りと、羽場裕一のイメージぴったりの「ルイ16世」、大浦龍宇一の決め役の「フェルゼン」、そして、最後に自分の存在が周囲を不幸にしていたことに気づき、恋人の救いの手も遮り、いさぎよく死に赴くアントワネットと、全体としてよくまとめられた作品だと思いました。しかし、ひっかかるのは、民衆の姿をあまりにも下品に描き過ぎていたように感じることです。ひとつまちがえれば、マリーアントワネットは民衆の犠牲者として美化されてしまわないかということです。たぶん、作者もその事に気づいて、フィナーレに貴族も民衆も出演者全員で「ラ・マルセイエーズ」の大合唱をさせて、昇華をはかったと思うのですが。

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