カテゴリー「映画・テレビ」の記事

2007年9月22日 (土)

スペシャルドラマ「マラソン」を観て

 韓国の自閉症の青年であるパク・ミギョンさんの手記「走れ!ヒョンジン!」をもとに描かれたドラマ。走ることが大好きな宮田彰太郎(二宮和也)に、母親の晴江(田中美佐子)はフルマラソンを3時間以内で完走するというサブスリーの記録を取らせることをめざし、元駅伝選手の野口洋二(松岡昌宏)にコーチを依頼するが、自閉症という障害のためにコミュニケーションが取れず困惑してしまう。そして・・・。
 
 ドラマを通して自閉症の子どもをかかえる母親の苦しみが、浮き彫りにされていたように思います。山登りをさせ、走らせるのは本当はくたくたに疲れさせて、夜ぐっすり眠らせなければ、自分の時間を持てなかったという言葉に、自閉症の子どもに毎日向きあわなければならない母親のしんどさがにじみ出ていました。それでも「くじけない心は、負けない気持。迷ったときは前を向く」を家族の合い言葉とし、少しでも理解しようと努める姿や愛情が、裏表のない素直な気持ちを持つ彰太郎の心に伝わり、彼をしてがんばらせていったのだと思います。そんなピュアな気持ちを持って、傷だらけになっても走り抜こうとする彰太郎のいたいけな姿に心を打たれました。欲得を考えずに、ただ「虹の向こうに行けば願いがかなう」という言葉を信じ、ひたすら虹を追い求めようしていた彰太郎に、忘れかけていた何かを、走ることを諦めていたコーチが思い起こしたように、観る人みんなにも思い起こさせたのではないかと思います。また「どうしようもなくなった時が、また何かの始まり」という母親の言葉にも勇気づけられました。
   
 難しいと思われる自閉症の青年役を演じた二宮和也が素晴らしかったです。焦点の定まらない視線、感情のこもらない言葉、それでもひたすらに生きようとする姿がよく伝わってきました。また母親役の田中美佐子も、障害を持つ母親の苦しみや喜びを好演していました。余談ですが劇中に歌われた「にんげんっていいな」は、最近僕が書いた脚本「またあした」にも使っていたので、ちょっとびっくりしてしまいました。

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2007年3月31日 (土)

「芋たこなんきん」最終回を観て

 NHKの朝ドラ「芋たこなんきん」が今日終わりました。戦前から戦後にかけての花岡写真館の家族の物語、そしてドラマの中心になった徳永医院の家族の物語を自分も一緒に歩んできたようで、最後は感無量でした。大阪を舞台にした庶民の人情喜劇というスタイルも、なつかしく、そして魅せられたところです。特に「カモカのおっちゃん」と町子夫婦の仲むつまじく二人向き合って、語り合う姿は「愛情」とか「絆」とかそんなきれい事の言葉とは違う、人生や生活を共におかしく楽しもうという関係がそこにあったと思います。だからこそ、最後まで子どもたちに「町子おばちゃん」と呼ばれながらも、自然に家族としてつながっていけたように思えます。僕は「カモカのおっちゃん」が好きでした。今日の弔辞にでもあったように「いかつい顔に照れを満載した」そんな人を引きつけるものをもっておられました。誰に対しても許せない場合は「アホ!」と叱責し、医者としてどんな人にも優しく治療した姿が胸に残ります。「なんべん生まれ変わっても、私をさがしてや。だからさようならは言わへん。ほな、またね」と写真に語りかける町子さんの言葉には涙が止まりませんでしたが、悲しまず前向きに明るく生きていこうとするこのドラマのテーマのすべてがこの言葉に込められていました。最後にサプライズで田辺聖子さんが登場されていましたが、いつまでもお元気で活躍していただきたいです。
 笑って泣いてそんな心に残るドラマをつくってくださった、藤山直美さん、國村肇さん、そして好演した子役の人たち長い間ご苦労様でした。

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2007年3月19日 (月)

ドラマ「華麗なる一族」最終回

Photo_1  華麗なる一族の最終回は関西で39.3%の高視聴率で、これは昨年の紅白歌合戦の視聴率を上回ったとのこと。今年に入ってから始まったドラマでは、文芸路線の「わるいやつら」と「華麗なる一族」を見てきましたが、引きつけられたのはやはり「華麗なる」方でした。最初、仰々しいテーマ音楽が常に流れて、わざとらしいドラマ作りにちょっと引いてしまうものがありましたが、高度経済成長期の企業の姿や、政府の思惑などが展開されるうちに企業ドラマとしての楽しみ方を覚えるようになりました。特に鉄鋼マンとして鉄が豊かな国をつくることを信じて、社員とともに志を果たそうとする万俵鉄平(木村 拓哉)の姿は、株取引やなりふりかまわぬ投資にあけくれる現在の日本の企業が、忘れてしまった理想をつきつけているようで共感できました。閨閥や様々な戦略をかけめぐらす万俵大介(北大路 欣也)は、卑劣な人間のようにも思えますが、銀行家として企業を防衛していくための考え抜かれた行動ととらえれば、それなりに納得できるものもあります。 理想に生きようとする鉄平と現実に生きようとする大介が、親子の関係を越えてぶつかり合うダイナミックスは、さすがに山崎豊子の作品と言えると思えます。
 小さな役にもメジャーな俳優を用い、セットもリアルにつくりあげたこのドラマは、確かに観る者をひきつけるものがありました。ベテラン北大路 欣也の演技は言うまでもなく、木村拓哉は、生まれてきたことで家族をここまで追いやった責めを自分が一心に背負い死んでいく「善人」(善人すぎるように思うのですが、あれはど妨害されてもっと父を恨んでも良かったのでは)の役を熱演していました

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2007年2月16日 (金)

2夜連続スペシャル「李香蘭」

111_2 李香蘭こと日本人・山口淑子の半生を描いたテレビドラマ。
 
 2夜に渡る長時間のドラマだったので、録画しておいたのをすこしずつ再生して、ようやく今日見終えることができました。山口淑子さんの姿はかつてテレビでもよく観ていたし、時々中国のお話もされていたので少しは知識がありましたが、この作品で彼女の劇的な半生を初めて詳しく知ることができました。満州で生まれた山口淑子は、中国を愛する両親の方針で日中の梯となることを願って、小さい頃から中国語を教え込まれます。今でいうところのバイリンガルですね。それが歌の才能を認められてからは、歌手から映画女優として成長していきます。しかしそれは、日本人であることを隠し中国人「李香蘭」としてでありました。これも平和な時代であったならば、こともなくきらびやかなスターとしての道を歩んだはずであるのに、ここに日本と中国との戦争が彼女の運命を翻弄します。「蘇州夜曲」「夜来香」などの歌は日本人にも中国人にも熱狂的に愛されたのに、日本人からは「なぜ三等国民のまねをするのか」、中国人からは「日本映画に出演して、中国を侮辱するのか」とののしられます。日本も中国も愛した彼女にとってはこれほどの痛みはなかったことだと思います。戦後、中国人を裏切った者として処刑されかかった時、彼女の命を救ったのは幼友達のソ連(ロシア)人でした。このことは国を超えて人を愛した山口淑子という人の姿を象徴しているかのように思えました。このドラマのもうひとつすごいところは、彼女にかかわった数多くの歴史的に有名な人たちです。川島芳子(菊川 怜)、甘粕正彦(中村獅童)、服部良一、長谷川一夫、田村泰次郎などです。特に前二人とのかかわりは、まさに「満州」という幻の国のあやしげな滅びの美学を感じました。
 
 ドラマ自体は前半の展開が早くて、落ち着かなかったところがありますが、日本での日劇のエピソード、シャンハイでの収容所生活などはじっくりと描かれていたと思います。知らなかったことですが、ソ連軍の侵攻時にもシャンハイではリサイタルが開かれていたのですね。ちょっと驚きました。主演の上戸彩さんご苦労さまでした。セリフはちょっとまだ荷が重い気がしましたが、しぐさは本当に可憐で、表情や目の動きなど素晴らしい演技だったと思います。またチャイナドレスで歌う「夜来香」や「何日君再来」など本当に胸があつくなるほどの美しさでした。印象に残ったのは長谷川一夫を演じた中村福助という人です。スマートな色気を感じさせる演技で、すごい存在感がありました。

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2007年2月11日 (日)

映画「バブルへGO!!」

Bbgo_ma11  2007年、800兆円の借金を抱えた日本は国家滅亡の危機を迎えていた。その危機を救うために財務省の秘密プロジェクトでは、1990年のバブル崩壊を止めればここまでの危機を招くことはなかったと考えて、プロジェクトのチーフ上川路(阿部 寛)は、自分の元恋人でタイムマシンを発明した田中真理子(薬師丸ひろ子)を過去に送り込むが、連絡が途絶えたため、その娘の真弓(広末涼子)をバブル絶頂期の17年前にタイムスリップさせるが・・・・。
 
 近過去のバブル経済の崩壊を防ぐことで、今の経済危機を救おうとする発想はおもしろかったですが、期待してたほどにはわくわくさせるような好奇心をおこさせるストーリーではなかったです。難しいことを考えず単にコメディとして見れば楽しい映画だとは思いますが。ただ風俗など時代の雰囲気の違いを感じさせるおもしろさは、随所にありました。たった17年前だというのに、携帯電話の普及をはじめいろいろな物がずいぶん変わってしまったんですね。ボディコン、ボケベル、改札口でのパンチ入れ、など今では死語となってしまったものの登場がなつかしかったです。しかし、バブル経済から格差社会へと日本はどこで道をまちがってしまったのでしょうか。映画のようには歴史を変えられないので、目先のことにとらわれず日本人がやる気と自信をとりもどすにはどうすればいいか、考えたいですね。
 
 ひさしぶりに、広末涼子を見ました。ちょっとおとぼけのコメディエンヌとして幅のある演技をしていたように思いました。

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2007年2月 4日 (日)

「スロースタート」後編~働く意味~

 引きこもり、ニートの自立支援を描いたドラマの後編。「退職後ニート」と呼ばれる早川彰(萩原聖人)の登場で、「働く意味は何か」というテーマを突きつけられてちょっと理屈ぽっくなってしまったきらいはありますが、全体的には今回もメッセージ性のあるいいドラマだったと思います。効率や成果だけが問われる社会では、いったい何のために働いているのだろうという疑問は誰しも抱くことかもしれません。また、傷つけ傷つけられる人間関係からは逃げ出したくなることも少なくはないと思います。しかし、ドラマではそのようなぶつかり合いの中でこそ、人と人との結びつきが生まれてくるのであって、けっしてそこから逃げてはいけないと言っているようでした。
 
 「働く意味」ですが、明確な目的意識を持って働いている方もいるとは思いますが、46時中そんな意識で働いている人っているのでしょうか。「早くおわらないかなぁ」「きついなぁこの仕事」と愚痴の出ることの方が多いように思います。それでも一瞬でも仕事をやっていて、何かやりがいのようなものを感じとることができれば、それでいいのではないかと僕には思えます。ドラマでも落ち込んでいる主人公の末散(水野美紀)に、自分が作った鍋料理をそっと前田信吾(金井勇太)がおく場面はほんとうに涙がでました。そんなことはめったにあるわけではないけれど、やっぱり働く喜びというのはどこかにあるはずです。頭から「働く意味は」とか「働く喜びは」とか考えつめたら、たぶんしんどくなるでしょう。自分の弱さも認めて、支えられている自分を感じながら生きることの大事さをドラマから感じました。人間ってまだまだ捨てたものじゃないと感じさせてくれるドラマでした。

 元「レッツゴー3匹」のじゅんさんを、シリアスな役でひさしぶりに見ることができました。

 

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2007年1月28日 (日)

ドラマ「スロースタート」~NOのなかのYES~

「ひきこもり」の若者への援助と自立の姿を描いたNHKドラマ。
NPO「スロースタート」事務局に勤務する谷口末散(水野美紀)は、5年前から家を出ようとせず、家族とも顔を合わせなくなった24歳の青年(金井勇太)の自立援助(レンタルと呼ぶ)を担当することになるが・・・・・。

 今、社会問題ともなっている若者たちの「ひきこもり」や「ニート」に対して、専門的知識や資格などとは関係なく、ただ失われた人間関係を粘り強く取り戻そうと、体ごとぶつけておられる人たちの存在に感動しました。「信じて待つこと」「一歩前進二歩後退でも三歩動いている」などの言葉がそれを象徴していました。特に心も錆びて表情も無くなった若者から出された「NOの中のYES」のサインを見つけ出すという、途方もないかかわりが若者をいつかは救っていくのだと思いました。これは「ひきこもり」の若者だけに対してでは無く、学校においても教師が心しないといけないことでもあると考えます。「そんな者、ほっといたらいいのに」という言葉に対して、NPO代表(近藤正臣)の「昔はあった近所づきあいの復活」という言葉が意味深長でした。家庭が地域から孤立する中で、問題を持った若者も孤立してしまう。また、誰も負けを認めたがらない社会において、まじめに生きようとする者ほど「生きにくい」世の中になっているのかもしれません。その中でいかに人と人とのかかわりを取り返していくか、という重い問題提議をこのドラマはしているように思えました。

  「レンタルお姉さん」役の水野美紀が、飾り気のない演技で、報われなくとも頑張る姿を好演していました。来週の後編も楽しみです。

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2007年1月21日 (日)

周防正行監督作品「それでもボクはやってない」

Sob_ma11_2  就職活動中の26歳の青年(加瀬亮)が、満員電車の中で女子中学生から痴漢行為をされたと訴えられ、逮捕される。取り調べの刑事や当番弁護士からは罪を認めれば、保釈され今なら示談ですむと勧められる。しかし青年は一貫して無実を主張し、弁護士(役所広司・瀬戸朝香)や友人(山本耕史)らの支援を受けて裁判に臨むことになるが・・・・。 

 いわゆる法廷劇ですが、よく見られるようなカリスマ弁護士の活躍も、法廷で息をのむようなやりとりもここには描かれていません。描かれているのは現実の生の刑事裁判の姿です。周防正行監督は、ユーモアの入り込む余地を一切無くし、裁判官の声のかけ方などリアリティにこだわり、えん罪について正面から切り込んでいました。「痴漢えん罪事件は日本の刑事裁判の問題点がはっきりあらわれている」と映画の中で弁護士が語っています。有罪率99.9%を誇る?刑事裁判の判決の下では、証拠のない痴漢事件はより被告人が無実を立証するのが非常に困難であるということがよくわかりました。もしこれが自分だったらと思うと背筋が寒くなります。裁判官が正義の味方であると信じることさえ、幻想のようにも思えてしまいます。真実かどうかは知りませんが裁判官が無罪判決を出して国家権力に逆らえば、出世コースからはずされるということも映画では指摘していました。僕は裁判官の社会生活経験の乏しさも問題にあるようにも思えます。たとえば最後の「いたいけな15歳の少女が訴えると言うことは、非常に勇気が必要だったと思われるのに、それをあえてしたということはその証言は信用できる」といった裁判官(小日向文世)の言葉です。間違っているとは思いませんが、あまりにも固定観念過ぎるのではないでしょうか。その意味で民間の方が裁判員となる制度は一定評価できるようには思えます。

  役者では、加瀬亮が自分の突然おかれた境遇に戸惑いながらも、「それでもボクはやっていない」と必死に訴える姿に好感が持てました。期待していた役所さんの弁護士は訳知り顔過ぎて、いまいち青年の立場に立ちきれていなかったようにも思うのですが、実際の弁護士というのもそんな感じなのでしょうか。僕の好きな小日向さんが「12人の優しい日本人」の時と同じようなキャラの厳しい裁判官役で、ちょっとショックでした。次回は小日向さんらしい役をあたえてあげて下さい。

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2007年1月13日 (土)

連続小説「芋たこなんきん」喜八郎の死

Banner_imotako1 連続小説「芋たこなんきん」にはまっています。理由は、戦中、戦後の大阪が舞台ということ、主人公のモデルである田辺聖子さんが近くの樟蔭女子大卒ということ、それにキャストが演技力で人を笑わせられる藤山直美、つぶやくような語りが渋い國村隼、そしてベテラン喜劇役者の小島慶四郎だということにあります。その小島慶四郎さん演じる徳永喜八郎が昨日の放送で亡くなってしまいました。葬儀の夜、賑やか好きの奄美大島出身の喜八郎を偲んで、「十九の春」をみんなで歌うシーンは本当に涙があふれました。「私があなたにほれたのは ちょうど十九の春でした いまさら離縁と云うならば もとの十九にしておくれ」と妻の岩本多代演じるがイシが、にこやかな顔した夫の遺影を抱きながら歌うところは、二人が出会った頃を思い浮かべておられようで、本当に喜八郎の死が物語の世界だけでのことでは無いような気がしました。それにしても、ギャグやしゃべくりで笑わせるのではなく、登場してそこに存在するだけで人を笑わすことのできる小島慶四郎さんのような喜劇役者は、大阪の貴重な財産と思います。これからもお元気でがんばっていただきたいです。

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2007年1月 8日 (月)

ドラマ「白虎隊」

111 白虎隊の姿を中心に、会津藩の悲劇を描いたドラマ。

主人公たちのキャストがジャニーズ系で、セリフや音楽などが現代的ではありましたが、脚本家(内舘牧子)のメッセージが充分伝わる秀作のドラマだったと思います。第1夜はストーリーとはあまり関係のない若者たちのたわいもないシーンが挿入され、少し冗長気味でしたが、それも第2夜の悲劇を見終わると、なぜあのような少年達が死なねばならなかったのか、という思いがあらためてこみあげてきました。会津藩では藩校日新館で「ならぬものはならぬ」と愚直なまでの会津魂を教育しており、それが最後まで薩長に抵抗せざるをえなかった悲劇を生み出したのです。隊士酒井峰治(山下智久)の母・まゆみ(薬師丸ひろ子)が、品位をもって潔く死なせるために「おまえには選ぶ道などない」とつきはなすところにも、徹底した厳しい母の姿がありました。このあたり、太平洋戦争のさなか、軍国主義教育を受け、戦争で死ぬことを名誉と信じ、国に殉じていった若者の姿とだぶりました。若者が死しか選ぶ道がないような国は絶対にあってはならないのです。最後に自害した隊士のことを思い、白虎隊の隊長が「戦争に正しい戦争などない」とつぶやくシーンは、戦争に駆り立てた大人達の慚愧に耐えない苦しみをよく描いていました。また、生きて帰ってきた峰治に「命は正義より軽い」と言っていた母が「よく生きて帰ってきた」と抱きしめるシーンは、母の本当の思いがよく伝わって胸がいっぱいになりました。峰治の「自分は死ぬにあたいする仕事はできなかったが、これからは生きるにあたいする仕事をするために生きていく」は感動的な言葉で、若者たちには明日があることを示唆するドラマになりました。
 
 配役では、山下智久がまっすぐ目を見開いて話す場面など、少年の純粋さを好演していました。(「武士の一分」の木村拓哉についでの武士役、ジャニーズの人たちは何をやらしても絵になりますね)西郷頼母の妻役・浅野ゆう子は、「功名が辻」のねね役、「大奥」の滝川役など貫禄ある時代劇の女性は彼女が一番という感じです。松平容保役・東山紀之、殿様としての貴公子の雰囲気と、会津武士の意地の強さがよく出ていました。家老西郷頼母・小林稔侍、これ以上犠牲者をだしてはならぬと降伏を進言する姿に打たれました。


 戦争とは、生きるとは、死ぬとは、正義とはなどいろいろ考えさせられるドラマでした。

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2007年1月 7日 (日)

大河ドラマ「風林火山」第1回

M_pic 「風林火山」、今年のNHK大河ドラマ。武田信玄の軍師・山本勘助の姿を描く。
 前作の「功名が辻」では、乱世を夫とともに切り開いた女性・ちよの姿をクローズアップされましたが、今回は武田信玄につかえた戦略家が主人公となります。大河ドラマとしては、また戦国時代かとというきらいがなきにしもあらずですが、新たな人物の視点でどのように切り取られていくのかは興味あるところです。今日の第一回目は、劇画タッチのダイナミックな展開でした。主人公の内野聖陽は迫力ある演技の中においても、優しさを感じさせられるいい俳優さんだなと思いました。これからの多くのベテラン陣や女優さんとのからみも楽しみです。それから、今回は結構リアリズムを大事にしているように思えました。戦国時代の農民の姿、「乱取り」といわれた武士の略奪、細かな戦法の紹介なども興味を引きそうです。また1年間、見させてもらおうと思いました

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2006年12月17日 (日)

硫黄島戦場の郵便配達

Et20061129153959825l21 「硫黄島からの手紙」が公開されたその日の夜に放映されたドラマ。硫黄島の戦いを海軍司令官だった市丸少将(藤 竜也)を軸に、海軍側からみた戦いと、兵士の家族とをつないだ手紙にまつわる事実を描いた作品。

 根本少尉(伊藤淳史)は、米軍上陸直前に物資と手紙を硫黄島に届ける。しかしそこで見たものは、栄養失調でやせ衰えた兵と悲惨な島の様子でした。その兵達が唯一楽しみにしていたのが、家族からの手紙。手紙を家族のもとに送り届けることを誓った根本少尉は、再び戦火の硫黄島に一式陸攻で飛来するも着陸はかなわない状況でした。すでに軍部は硫黄島を見捨てることを決定しており、家族からの手紙は二度と届けられることはありませんでした。映画「硫黄島からの手紙」と同じモチーフですが、実際の兵士が家族宛に出した手紙や遺族が登場し、つくりもののドラマではなく事実の重みを感じさせられました。今回のドラマで「野戦郵便局」というのがあり、戦場に家族に必死の思いで手紙を送り届けていた人たちのいることを知りました。市丸少将というのは初めて知る名前ですが、最後に「ルーズベルトに与える書」という手紙を書いたというのはすごいことだと思いました。戦後の日本の復興への助力を願い出たということですが、これも本土の多くの家族を思いやっての手紙だと思いました。また特に悲惨だったのは、15歳以下の海軍年少兵たちです。労働力としてのみ動員された彼らは最後、戦うことも捕虜になることも許されず自決していきました。生き残った方が話される「お母さん」と言いながら、二人で一つの手榴弾で爆死していったくだりは、涙が止まりませんでした。

 少し冷めた目で硫黄島の戦いを描いたアメリカ映画「硫黄島からの手紙」に対して、やはりウエットな面が多いと感じましたが、今も多くの遺骨が残されたままであるという事実からは、硫黄島のことを日本人は決してて忘れてはならないと
ということをこのドラマは伝えようとしていたのではないでしょうか。

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2006年11月29日 (水)

ドラマ「氷点」

Images_4 録画しておいた2夜連続ドラマをようやく見ることができました。評判の作品のわりには三浦綾子の原作も読んだことはないし、過去に何度かドラマ化されたものも知らないので、自分としては新鮮な気持ちで見ることができました。

 まず第1夜では陽子の育ての母親になった飯島直子の演技に、「昼ドラ」のようなおどろおどろしさを感じてしまいました。心理状態がめまぐるしく変わる難しい役どころでしたが、上品な物言いと、笑顔の下に隠された復讐の怨念をよく表現していたように思います。汚れを知らない陽子を演じたのは石原さとみです。「ナースあおい」での熱演や、舞台「奇跡の人」での経験が、より女優としての技量を高めたであろう演技が光っていました。特に、自分が殺人者の娘であることを知ったときの、狂わんばかりの演技はすばらしかったです。第2夜のストーリーは登場人物が増え、その脇を固める人たちの演技に、あまり見るべきものがなかったので、第1夜の凄みを感じることはできませんでした。その中で唯一、岸本加世子がからむ場面では、本音で生きる暖かさにほっとさせられました。彼女だけがこのドラマでは違う世界の人のようでした。
 このドラマのテーマは人間の原罪、誰もが持つ人を憎むという気持ちが、如何に救われるのかということなのでしょうが、せっかく1話で高めたテーマが2話で説明的になってしまい、情感が薄れてしまった感があります。

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2006年11月19日 (日)

ドラマ「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」

Images6 リリー・フランキー原作のテレビドラマ。芸術祭参加作品。原作の方は僕の以前のブログhttp://hishiya.cocolog-nifty.com/mokumoku/cat5185255/index.htmlを見てもらうことにして、ドラマを見た感想を書くことにします。原作以上に「東京タワー」を意識したドラマ作りになっていました。ボクの彼女(広末涼子)はタワーの従業員だし、筑豊のボタ山の上にもタワーがそびえるし、入院しているオカンが持つ手鏡にも東京タワーが映っていました。東京タワーは東京のシンボルというよりも昭和という時代のノスタルジックな象徴になっているような気がしました。このドラマ全体もオカンとボクとオトンが家族だったころの懐かしい物語になっています。田中裕子演じるオカン、すばらしい演技でした。「私の財産のすべては、お前だよ」と語り、死ぬ間際も「冷蔵庫にナスの漬け物があるよ、お前の好物 だろ」とつぶやく。原作でもそうだったけど、このオカンにはほんとうに涙があふれてきます。粗野だけどどこか憎めないオトン、蟹江敬三がこれもベテランらしい味をだしていました。ボクを演じたのは、大泉洋。少年期をすこし精悍な風貌になってきた神木隆之介が好演したので、主役を張るには少し荷が重いのではないかと心配でした。シリアスなシーンでセリフが上すべりするところもありましたが、オカンがいなくなって不安になって病院中を探し回る場面は秀逸だったし、(神木隆之介とだぶらせての心理描写の演出もにくい)オカンが死んでからオカンの手紙を読むところ、「オカンの結婚は失敗したけど」で、オトンに泣きながら笑ってみせる演技は彼の持ち味を充分だせていました。これからの幅広い活躍を期待します。

 若い人にはわからなかったものとしてオカンがカラオケにつかった「マメカラ」。樹木希林が長島茂雄のポスターの前で見せたかつての「ジュリー」のポーズ。ほんとうになつかしく思いました。昔、明治は遠くなりにけりと言う言葉がありましたが、昭和は遠くなりにけりという時代になってきたのですね。ボクらが青春を生きた昭和の時代、貧しくとも、何かやらないといけないことがたくさんあるように感じていたと思います。なんかそんなことも考えさせてくれたいいドラマでした。

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2006年9月18日 (月)

ドラマ「僕たちの戦争」

321  昨日は戦争に関わる映画とテレビラマを、昼と夜たて続けに見ました。奇しくもどちらにも出てくるのが、人間魚雷「回天」と上野樹里です。映画「出口のない海」の感想は昨日書いたので、今日はテレビドラマ「僕たちの戦争」の方を書いておきます。

 原作は「明日の記憶」の荻原浩、「さとうきびの畑の唄」「広島・昭和20年8月6日」に次ぐ、TBSスペシャルドラマ。 平成15年に生きているサーファー「尾島健太」と、昭和19年に生きていた海軍土浦航空隊飛行練習生「石庭吾一」が、時間のひずみにはまりこみ入れ替わってしまう。二人ともまるで異なる世界に驚きながらも、なんとか自分らしく適応していこうとする。しかし、吾一が自分の墓を見つけ、健太が回天で出撃することになり・・・・・・・。

 シリアスな「出口のない海」とは違い、笑える場面もふんだんにある娯楽作品と言えないこともありません。しかし、国のために死ぬことが当たり前とされていた時代に、恥を忍んで行きようとする者に人間らしさを感じたり、日本が一つになったとされる戦争の時代でも、いいやつもいれば悪いやつもいて、平成の時代と少しも変わらないと感じる健太の感性に拍手を贈りたくなりました。最後には恋人ミナミのために、健太は死のうとし、吾一は生きのびようとする姿は立場が入れ替わったように思いましたが、それはどちらも戦争や国のためではなく、「愛」のためであったということに、作者のメッセージがこめられていたからではないでしょうか。原作も読んでみようと思います。

 両者を演じた森山未來君、君の演技はすばらしかったですよ。

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2006年8月15日 (火)

日本沈没 06年版

20060529001fl00001viewrsz150x1  前作はもう30年も前のことになるんですね。前作と比べてはるかに特撮は進歩し、迫力は感じられました。しかし、橋本忍脚本の前作とはちがい、危機に瀕した人間の心理描写が希薄だったのは否めません。ゴジラに襲われた人々が逃げまどうのとさして変わらなかったのでは。前半で首相演じる石坂浩二が大臣の大地真央に「この状況の中で何が一番大事と思うかね。それは心だと思う」というセリフがあったのですが、そのセリフに反して日本を、家族を愛する人をどうするのかという緊迫したやりとりはほとんどありませんでした。その中でなぜか主人公の草薙は未曾有の災害の中、ひとり自由に動きまわれているし、自分がその中におかれたらどうしていただろうというリアリティは残念ながら感じることができませんでした。これは見せる映画で考えさせる映画ではきっとないのでしょう。ただ、お金持ちや政府の高官、皇室、国宝までもが真っ先に海外に避難し、残された者は名もない庶民ばかりという現実はやっぱりそうなんだろうなと思ってしまいました。

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2006年6月29日 (木)

タイヨウのうた

 3371_3 XPという太陽の光を浴びると、皮膚炎をおこすという病気を抱えた女の子が主人公の映画。太陽が沈むのを待って、夜の街に自分がつくった歌を聴く者はなくても、一人歌い続けるのが彼女にとっての生きる証となっている。そんな彼女が、いつも窓から見えるバス停に姿を現す高校生に恋をした。サーファーで太陽の世界にいる彼の存在はまぶしいものだった。しかし、夜の世界にしか暮らせない彼女にとって、一緒に過ごせないことへの運命が、恋をあきらめさせる。病気を知った彼は、それでも彼女のためにつくそうとし、その彼の純粋な思いが、彼女に前向きに生きようと力を与えて いった。主人公ふたりの素人ぽい演技が、新鮮な印象を与え、叙情に流されることのない映画のつくりになっている。友人役の愛理さんが味のある演技をしてくれていた。ただ、YUIのプロモーションビデオチックなところは気になったが。

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2006年5月20日 (土)

明日の記憶

 「明日の記憶」を見ました。今日から封切られた「ダビンチコード」に負けないぐらいの入りのように思えました。ただし、ほとんどが年配の方でしたが。今までの仕事の苦労が実り、やっとれからという時に、「アルツハイマー」と診断された男の無念さ、徐々に進行し自分が自分で無くなっていくことのおそろしさがよく伝わってきました。しかも、その病は自分だけの苦悩ではなく、家族の苦悩にもなるという大きな問題を示していました。映画では、今まで家庭を返り見なかった夫であったにもかかわらず、それを優しく支え、はげます妻の姿に胸を打たれました。かつて自分も大病をしたとき、日常との隔絶に絶望的な気持ちを抱いた経験があるのですが、この映画を観て思ったことは、はからずも病気になった日々もひとつの日常と考えるべきではないかと。もちろん、そんなにたやすく割り切ることができないぐらいの大きな苦しみはあるだろうけれども、人として愛し愛されるかかわりがあれば、それを生きる日常と考えることはできないかと。

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2006年3月20日 (月)

白バラの祈り

 梅田の0S名画座で「白バラの祈り」を観ました。戦時下のドイツで「白バラ」というナチスへの抵抗運動のために、反逆罪で処刑された女子学生の実話に基づく映画です。僕自身、大学生の時に「白バラは散らず」という本を読んだことがあり、そのときの感動を思い出し、どうしても観たかった映画です。反ナチスのビラを大学で捲いたために、兄と共にゲシュタポに逮捕されたゾフィー・ショルが、ゲシュタポの審査官と法と人間、国家と人間についてやりあうシーンが圧巻です。一人の人間ならばきっと善良な人なんだろうと思える審査官が、国家の歯車として動いているときの冷徹さに対して、あくまで人間の良心の尊厳を訴えたゾフィー。その純粋さに心が打たれました。純粋さと言えば、日本の戦時下、国や家族を守ろうとして死んでいった多くの若者達、そして恐怖政治からドイツを救おうとして処刑されたゾフィー。思うに若者達に命をかけさせる国家とは何なのかと。裁判官が「国家が金をかけて大学でお前たちを学ばせてやっているのに、それを裏切るとは何事か」といったことを言っていました。国家とはいつも若者たちや国民に見返りを要求する存在なのでしょうか。

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2006年2月 5日 (日)

「ラヂオの時間」

 今月も三谷作品が続きます。上映中の「THE 有頂天ホテル」に合わせて、これまでの三谷監督作品がテレビで放映されました。(1月28日の「12人の優しい日本人」の舞台に現れた三谷さんが「有頂天ホテルはあのセカチュウと並ぶ観客動員数なので、これからはウチョテンと呼ぼう」と言われていました。)

 昨晩は「ラヂオの時間」を観ました。もう何度も観ているのですが、観るたびにおもしろいのはなぜでしょうか。ラジオというノスタルジックな雰囲気の舞台に、繰り広げられるスリリングな展開というそのギャップ。ほとんど誰も聞いていないと思われる「深夜ラジオドラマ」の生放送に、わがままなかつての大物スター、事なかれ主義のプロデューサー、義務感だけで仕事を進めるディレクターの中で、自分の作品がどんどん改ざんされ落ち込んでいく素人の主婦脚本家。しかし、いろいろ人の機転で最後はリスナーに感動与えて終わる。ラストでアナウンサーが出演者の名前を紹介していく場面が特にいいですね。ほんとうにラジオを聞いていたような気分にしてくれました。主なシーンがラジオスタジオという設定なので、舞台でもできそうですね、三谷さん。今度は「ラヂオの時間」の舞台化を是非お願いします。

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2006年1月14日 (土)

見ました「THE有頂天ホテル」

 今日から公開の「THE有頂天ホテル」、見てきました。すごい雨の中にもかかわらず、朝から客席は結構うまっていて、みなさんの期待度の高さが伺われました。

さて感想です。
かつてあったオールスター東映時代劇ばりに、一度にこれだけの「俳優さん」が見られる映画は近年にないですね。津川雅彦さんなんかは声だけと、包帯の顔の出演とそれはもったいない使われ方をされておられました。大俳優をそんな使い方をするぐらいに、三谷さんはストーリーにこだわったものと思われます。様々にそれぞれ勝手に進行するドラマを、よくも最後は新年のカウントダウンに全員集合させて(佐藤浩市さんだけ、外で車の誘導してられました)ひとつにつなげられたものだと、いつもながらに感心させられました。考えてみるとホテルには宿泊客と同じ数だけの人生ドラマがいつもそこにはあるということなんですね。三谷さんのメッセージは松たか子さんが言っておられた言葉かと思います。「たとえかっこ悪くとも、自分らしく生きることが大事」ということ。

印象に残ったキャラは、コールガール役のちょっと悪びた篠原涼子さん、筆耕係のシャイなオダギリジョーさん、こんな役もするんだと。ホテル探偵役の石井正則さんも好きですね。ひげと帽子が似合っていました。特に白塗りの伊東四朗さんを追い回すシーンは最高でした。他の人も気づかれたことと思いますが、川平さんの役名「丹下」はオケピといっしょでしたね。ぴっくりしました。それとYOUさんの最後の歌がかわいかったです。

今回は食べ物があまり登場しなかった反面、三谷さんは衣装にこだわりました。特にスチュワーデス(フライトアテンダント)の衣装には笑ってしまいました。ただ全体的にはスピードが早すぎて、展開を整理するのにちょっと気苦労だったのと、「オケピ!」や「ラジオの時間」のようにみんなで何かを作りあげるといったものがなく、求心性に欠けるきらいがあったようには思います。
でもおもしろい映画であったことは確かです。

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2006年1月11日 (水)

「有頂天ホテル」もうすぐです

 今月は三谷作品のオンパレード。テレビの「古畑」「新選組」、舞台の「12人の優しい日本人」、そして映画ではいよいよ、「有頂天ホテル」が始まります。映画館の座席をネットで予約しようとしたら、すでに土日はいっぱいで、人気の高さがうかがわれました。前回の「笑いの大学」では登場人物二人の会話劇でしたが、今度はいったい何人登場するのでしょうか。しかも三谷ファミリー全員集合の、シチュエーションドラマのオムニバスという感じで、本当に楽しみです。さまざまな人が織りなすドラマを、最後どのようにつなげるのか、三谷さんの真骨頂をみきわめたいです。三谷ファミリーといえば、昨日から始まった「N’sあおい」でも、八嶋さん、西村さん、相島さんらが出ていましたね。こちらもけっこうおもしろそうです。できたら、小日向さんあたりも出してほしいですね。

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2006年1月 9日 (月)

大河が始まりました

 NHKの今年の大河ドラマ「功名が辻」が始まりました。原作は僕の好きな司馬遼太郎。司馬作品の大河はこれで何作目になるのでしょうか。戦国と幕末が大河と司馬さんの定番なのですが、今回は戦国に生きた女性が、一人の主人公というのが今までにないところだと思います。第一回目から、原作にはない部分の千代の生い立ちの描写から始まりました。女性の視点から戦国時代を描きたいという脚本家の意図がよく伝わってきました。キャストも豪華ですね。一豊の実直さそのままの上川隆也、脇を固める俳優陣も柄本明、前田吟、武田鉄矢といった個性派がそろいました。ただ、実年齢よりも、みなさん少し年配なのが気になるところですが、見ているうちに慣れてくるでしょう(^_^;) 足利義昭役で登場する三谷幸喜も見物です。定番の戦国時代ですが、斬新な解釈と演技を期待しています。

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2006年1月 8日 (日)

三夜連続「古畑ファイナル」の感想

 少し遅れましたが、古畑ファイナルの感想を書きます。特徴的なことは、プロットが今までにない新鮮なものだったということです。1夜目の「横溝正史風」 2夜目の「実在大リーガーの犯罪」、3夜目の「古畑の恋」といったところです。それぞれ最後ということにふさわしいエンターティーメント性のある作品群になったと思います。また3夜目の古畑、今泉、西園寺の「プルガリ三四郎」についての掛け合いは、三谷さんの面目躍如という感じで絶妙でした。しかし、残念ながら、犯罪トリックについては、「よく考えたな、これはスゴイ」と感心させられるところはあまりなかったです。特に2夜目は、カプセルのトリックはどういうことか未だによくわかりません。でもそもそも、「古畑」は推理性よりも犯罪者となる俳優さんと、田村正和さんのからみの妙味が売りだと思うので、決して「サスペンスドラマ」ではないということです。これで終わりというのは、寂しい限りですので、三谷さんには是非、「ブルガリ三四郎」を書いていただいて、今泉、西園寺刑事も登場させて頂きたいと願っています。

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2006年1月 5日 (木)

「男たちの大和」を見て

 久しぶりに映画館に足を運びました。見た映画は「男たちの大和」。実はこの映画を見るのを少しためらっていました。なぜかというと、特攻出撃という大和とその乗組員の悲惨な結果を見るに忍びなかったからです。しかし、今日、思いきって見て良かったです。戦争のありのままの姿を、少年兵や下士官の視点から描き、人間としての戦争に向き合う等身大の心情を表していたからです。戦闘場面も情緒に流されることなく、描写されていました。テロップに艦長○○とか参謀○○といった説明的なものは、ほとんどなく、またよく描かれる艦長が最期に羅針盤に身をくくりつけ、艦とともにするという場面もあえてはずしてあったことも制作者の意図がよく感じられました。戦後60年たち、戦争の語り部達が姿をなくしつつある今、この映画は、何のために戦ったのかという人々の心情を大和を通して、今の人々に伝えようとしているのだと感じました。観客はほとんどが年配の方ばかりでしたが、若い人にも多く見てほしいと思いました。

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