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2012年1月

2012年1月29日 (日)

音楽朗読劇「モリー先生との火曜日」 29日 兵庫公演を観て

 演者は3人の俳優と二人の演奏者だけの音楽朗読劇、というシンプルだけど、それだけにじっくりと心に染みいる感動的な舞台になっていました。

 ALSという難病に侵されたモリー先生のもとに、教え子のミッチ・アルボムが訪れ、毎週火曜日に2人だけの授業が始まります。それは死を前にしたモリー先生の最後の授業でもありました。授業のテーマは「生きる意味」について。筋力が衰え最後には呼吸も止まり死に至ることを覚悟しながら、モリー先生は自分の考えを人に語り残すことが自分の使命であるかのように、幸福感に満たされながらゆったりと話していきます。

 死を前にするとすべてのものが変わると言われます。窓から見える何気ない風景もモリー先生にとっては愛しく思われます。死に方を学ぶということは、生き方を学ぶことと言われました。生きていることが当たり前と思っている時には、何を大事にして生きなければならないか気付いていないのです。「人生で一番大切なことは何か」、それは「人に愛をあたえ、人からの愛を受けとめること」であると。地位や金のためでなく、身近な者に自分がどれだけつくし役だったかにかかっているのです。今読んでいるフランクルの「それでも人生にイエスと言おう」の中でも、人生にどんな意味があるか問うのではなく、人生に何ができるのか問うことが大切と書かれていましたが、まさにその答えが生きる意味なんだろうと思えてしまいます。

 波の話も感動的でした。いつか砕け散る小さな波も海の一部であると。そう思えば、いつか消える自分の命さえも宇宙の一部でもあるのです。生きることも死ぬこともひとつのことであり、死ぬことの恐れや不安を十分に感じ取った後はそれを捨てれば良い、というモリー先生の最後の言葉には、これからもガンを抱えて生きなければならない自分にとっては、救いの言葉になりました。
 
 出演者 光枝明彦 吉原光夫 土居祐子。ピアノ 小原孝 バイオリン 真部裕。 

NHK土曜ドラマスペシャル「キルトの家」 前編を観て

 いつのころからか、住宅街にあるアパートが火事になったニュースがあるたびに、その犠牲者の多くが逃げ遅れた一人暮らしの老人であることに気づき心を痛めていました。またそうでなくとも孤独死という悲しい現実があります。この物語は古い団地に住む独居老人たちと、たぶん東日本大震災で被災し、東京のこの団地に移り住んできた若夫婦の交わりを描いていきます。山田太一作。
 

 団地の自治会では、一人暮らしの老人に「助け合い」の手を差しのべようとします。しかし、老人にかかわる余裕のない家庭が多く、しかたなく始めた、老人のために仕事をしたら250円を支払うという制度もうまく機能していません。その中で、自治会の助け合いを拒み、自分たちで寄り添うように毎日を暮らしている老人たちがいました。それが「キルトの家」につどう人たちです。

 彼らはお互いの過去もよくわからぬままに、誰の世話になることなく、支え合って生活しているのです。そこには、年寄りは人から助けられなければならない弱い存在だとか、見た目に年寄りは誰も同じ年寄りだとかという考えはありません。しかし、その気むずかしさや頑迷さが奇異に映り、自治会の人たちには理解してもらえないのです。
 

 老人も老人であるまえに人であり、もちろん自尊心や誇りがあると思います。シルバー人材センターのように社会に貢献でき役立ち感に満ちれば、幸せな生き方もできるであろうことは想像に難くありません。それゆえに「キルトの家」の老人たちの自ら若者に触れあおうとする姿勢は、若者にとっても新鮮であり、学ぶことがあり、互いに高め合うことになるのだと感じました。ただそれも元気だからこそできる話で、もし寝たきりや「認知症」で介護が必要になったときは、どうするのかという問題は必ず残ります。
 
 若夫婦の夫役の三浦貴大。主役級としては初めての出演と思うのですが、心情のよく伝わる演技でした。その妻役の杏。しっかりした前向きな女性の姿に好感を持ちました。

2012年1月22日 (日)

映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」を観て

 このシリーズは3作とも観ていますが、人気はどれも高く映画館の客席はいつも満員です。客層は50代以上がほとんどで、同じ時代をくぐった者同士の一体感に包み込まれているかのような雰囲気があります。映画の最初に出てくる東宝のタイトルが突然昔使われた「TOHOSCOPE」が出てきて、ちょっと驚いてしまいました。

 まだ舗装されていない地道をランニングシャツ1枚の姿で、「ひょっこりひょうたん島」を歌いながら駆けていく少年は、まさに僕自身です。東京オリンピックの開会式を鈴木家ではカラーテレビで観ていましたが、確か我が家にはまだ白黒テレビしかなくて、カラーテレビのある近くの家で見せてもらったことを覚えています。映画のカレンダーではこの日は土曜日になっていましたが、開会式を見られたということは小学校は休校だったということでしょうか。

 テレビも全部の放送がまだカラーではなく、新聞のテレビ欄にはカラー放送される番組には、そこだけ「カラー」と書かれていましたね。懐かしいイヤミの「シェー」や、植木等の歌が登場しますが、昔のことを思い出すとなぜか幸福感に満たされます。あの昭和の時代、決して豊かではなかったけど、この映画の下町のように人情があふれ、未来への希望があったからでしょうか。
 

 物語では、六子の恋と茶川とその父親の死を中心に進んでいきますが、いずれも泣かせる話です。時にいがみあったり、けんかしたりするけれども、本当はみんな温かい心を持って、支え合って生きているんですね。「だれもが、上ばかりめざしている世の中だけど、それよりも人が安心してもらえることの方に自分は喜びを感じる」という、奉仕医療の医者の言葉がありましたが、まさに今の時代に大切にしたい言葉だと思いました。

 六子の恋人役の森山未來。73分けのヘヤースタイルと、懐かしいアイビールック(衣装協力にVANとありました。まだ健在なんですね)が決まっていました。六子役の堀北真希。純朴な姿が可愛らしく、ウェディングドレスも素敵でした。お父さん役の堤真一。NHKドラマ「とんび」の父親役とかぶっていましたが、まさに昭和の豪放らいらくな父親の代表となりました。茶川先生役の吉岡秀隆。登場人物の誰よりも深い演技でした。

2012年1月21日 (土)

「金閣寺」 大阪公演 21日 昼の部を観て

 金閣寺放火事件を描いた三島由紀夫の小説を舞台化した、宮本亜門演出の作品です。
 

 たくさんのテーブルの置かれた、稽古場か教室に見える空間の中で、前衛的な舞踏で心象風景を表現しているかのような舞台でした。置かれた大きなテーブルが何人もの踊る男たちによって動かされ、時には道に、時には階段に、特には車に見立てられる舞台美術に不思議な感覚を覚えていきます。そして、何といっても極めつけが、主人公の青い衝動を破壊するために、金閣寺の化身と思われる男によって、空気を引き裂くように鳴らされる笛の音です。
 
 吃音というコンプレックスゆえに外界に心を閉ざしてしまった主人公が、二人の友人たちとの出会いによって、人にどう見られているかを意識するのではない、こだわりのない生き方に目覚めていくのです。 その時の印象的な言葉が「仏に逢うては仏を殺し。祖に逢うては祖を殺し。羅漢に逢うては羅漢を殺し。父母に逢うては父母を殺し。親眷に逢うては親眷を殺し。始めて解脱を得ん」で、黒板にもその意味を表す「透脱自在」と大書されます。自意識が強く思い悩んでいた主人公に、思い込みではない自由な生き方があることを気付かせていきます。
 
 しかし、二つのものが立ちふさがります。、ひとつは表向きはとりつくろいながらも、事の責任をあいまいに済ませる大人の醜悪な姿です。それは純粋な心を持つ若者には許されないことでした。これは、戦争の責任を自分たちでは取ることができなかった日本の姿をだぶらせているようにも思えました。
 
 もうひとつは、絶対的な美の象徴である金閣寺です。それは人の生き方をも決定づける力を主人公は感じ取ってしまうのです。これは、日本の進路を閉塞させている伝統的な権威なのかとも思えました。そんな主人公に残された道は、行為によってしか世界は変えられないということでした。結局、金閣寺を放火するのです。この場面がまさに圧巻でした。燃えさかる金閣寺が目に見えるかのようでした。
 
 しかし、破滅的な物語では決して無く、最後に主人公が「生きよう」とつぶやくように、灰の中からまた新たな命や社会の創造が生まれていく気がしました。

 金閣寺の若き学僧を演じたV6の森田剛。内面的な難しい演技を要求される配役でしたが、時に静かに時に激しく、自分の心の葛藤を見事に表現していました。特に目を見開いて空をみつめる様が素晴らしかったです。 他に中越典子、高岡蒼佑、大東駿介らが出演

2012年1月15日 (日)

映画「ロボジー」を観て

 「ハッピーフライト」以来となる久々の矢口史靖監督作品。

 今回の主人公はロボット。しかし、アシモのようなスマートなスーパーロボットではなく、いかにも古びたパーツを寄せ集めたようなポンコツ然のロボット、その名も安っぽい旅館風の「ニュー潮風」。そのロボットが大活躍と書けば、よくある映画のストーリーになってしまいますが、そこは矢口監督、ロボットの中に人間を入れてしまいました。まさに落語の話に出てきそうな物語ですが、中に入ったのは補聴器を装着したお爺さんという、ロボットと高齢者が合体し「ロボジー」に変身させたことが、この映画の可笑しさになっていました。このようなことを思いつき、真剣になってつくりあげてしまうところがまたスゴイ。
 
 お払い箱のロボット、そして家族から鼻つまみになつている一人暮らしの老人、社会から取り残された寂しいモノ同士が、一躍町の人気者になっていく姿は、おかしくもあり、切なくもあり、ばかばかしくもあり、これからリタイヤする自分にとっては身につまされる話でもありました。
 

 ロボットを操る!電機メーカーの若手社員は、制御不能のわがままじいさんロボットに手を焼きながらも、腰痛を心配したり、その力にすがったり、お年寄りをいたわる姿がそこにはありました。本当の事を言っても「認知症」と思われてしまうおじいさんは、それでも自分が役だっていることを誇らしく感じているのでした。その意味で、温かく優しい映画になっていたと思います。

 ロボジー役のミッキーカーチス、まだまだお元気そうですね。芸名も五十嵐信次郎と名のなれて、ますますご活躍されそうです。ロボット開発社員役の濱田岳。まじめたけど気の弱そうな雰囲気がよく出ていました。ロボットおたくの女子大生役の、吉高由里子。そのキャピキャピ感がとても素敵でした。

2012年1月14日 (土)

「90ミニッツ」 大阪公演 14日 昼の部を観て

 三谷幸喜感謝祭の最後をしめくくる舞台、「90ミニッツ」を観てきました。演じるのは、西村雅彦、近藤芳正の二人です。名画「ラヂオの時間」で共演し、コミカルなバイプレーヤー振りを発揮した二人ですが、ほとんど笑いの入る隙間もないほどのシリアスな内容で、向き合ってセリフを闘い合わせる舞台になっていました。

 毎回、新たな手法に挑戦する三谷さんですが、今回は持ち味のコメディをほぼ封印し、エホバの証人の輸血拒否事件をモデルにして、自己決定権と人命尊重の医療行為のせめぎあいを凝った趣向や伏線を用意することなく、ただ生のままに葛藤させる、そんな新たな仕掛けを用意した作品作りになっていました。しかも、命が助かる時間制限の90分が、進行するリアルタイムの90分となって、まさに舞台も客席も息を飲むような、緊張感あふれる時間を共有していくことになります。

 輸血拒否の立場から、交通事故で重傷を負った息子の手術の同意書にサインしない父親を、手術をすれば子どもの命は助かると、なんとかサインするよう説得を試みる医師。観ている方も最初は、医師の言う通りサインするのは当然であって、都合のいい理屈をこねる父親になんとも言えない反感や苛立ちを覚えていきます。

 しかし、「承諾書」とはとどのつまり、医師のリスクからの責任逃れのためでしかない、という父親からの反論があって、観ている自分の心にも波風が立っていきます。今度は、承諾書無しの手術を要求し医師を説得する父親、裁判を恐れてそれを拒否する医師、と攻守が逆転していきます。このあたりの構成はさすが三谷幸喜です。

 両者がそれぞれの天秤にどのような重りを載せるかで、形勢が変わっていくことがよくわかりました。父親の信念、信者?からの風あたり、そして息子への愛情。病院の責任、個人的な都合、そして医師としての良心。

 何を大事にして生きていくかは、それぞれ違っています。それはそれでいい。しかし、それらがぶつかり合った場合に何を優先させるのか、この舞台のようにじっくり話し合わないといけないのだろうと思いました。

 重いテーマでしたが、見終わってほっとして、人間は信じるにあたいするものだと温かい気持ちになれたのも事実です。舞台中央に流れおちる一筋の水が人の命のつながりのようにも思えました

2012年1月 8日 (日)

ミュージカル「ア・ソング・フォー・ユー」 7日 兵庫公演を観て

 いつもと変わらない正月の日々が過ぎていきましたが、それが幸せなことだとつくづくと思う歳になったような気がします。今年、観劇初めになったミュージカル「ア・ソング・フォー・ユー」は、変わりゆく自分や人の心に寂しさを覚えながら、変わらない大切なものを「カーペンターズ」の歌に託して、感じていたいと願う大人たちの物語です。

 舞台は70年代の横田基地近くにある米兵相手のライブハウス。60年代の激しかった政治の季節も、あさま山荘事件をして終焉せしめられ、ベトナム戦争の終結で反戦運動も影を薄くしていきました。若者たちはエネルギーの向け先に葛藤していた時代であったと思います。そんなときに現れたのが「カーペンターズ」。その歌は、本当に世界を変えられると信じて闘い、挫折し傷ついていった若者の心を優しく包みこんでいったのです。

 ステージさながらに、たくさんのカーペンターズの楽曲が披露されていきました。『Yesterday Once More』『Top of World』『Close to You』『A Song for You』などなど、どの曲も思わず一緒に口ずさみたくなるほど懐かしく、 心に染みいりました。

 「幸せとは、居場所のあることだとカーペンターズは歌っている」「カーペンターズの歌は戦争とは対極の世界にある」というセリフがありました。確かに声高く戦争反対と歌う歌では決してなく、砂糖菓子のように甘ったるいものかもしれません。しかし、
人を愛し仲間に寄り添い、過去を懐かしみ今を明るく生きていく、そんなメッセージが歌から十分伝わってくるのです。こんな時代だからこそ、心がひとつになれるようカーペンターズの歌がもっと歌われてもいいように思うのですが。

 学生運動に敗れ屈折した気持ちを抱えながら、カーペンターズの歌で愛や平和をアメリカ兵に伝えようとした翔子を演じた春野寿美礼。相手役の川平慈英の怪演に戸惑われてしまうところもありましたが、やはりタカラジェンヌ、スレンダーな身体から発せられる歌声はとても素晴らしく美しいものでした。松本紀保、吉沢梨絵と3人によるコーラスもきらびやかで心に残りました。アメリカンクラッカーやハッピーバードなど懐かしいアイテムも登場して、50代にとってはたまらない舞台になりました。

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