映画「沈まぬ太陽」を観て
今日の公開にあわせて、昨日文庫版の原作・全5巻を読み終えました。主人公・恩地元(おんちはじめ)の苦渋に満ちた人間ドラマを、そして魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する政・官・財の絡みつく人間関係を、どんなふうに映像化するのか、楽しみにしながら映画館に足を運びました。
しかし映画が始まるとともに目に飛び込んできたのは、そのどちらでもなく、それは1985年8月12日、日航123便御巣鷹山墜落事故でした。原作でも第3巻「御巣鷹山編」として全体のストーリーからは独立的に描かれ、作者・山崎豊子が犠牲者への鎮魂の思いをこめ、また心からの「償い」を見せようとしない上層部への怒りをこめて叙述されています。映画でも明日が来ることを信じて疑うことなく、搭乗前に記念撮影する家族の幸せな姿などが描かれ、冒頭から目頭が熱くなってしまいました。
固辞していた労働組合の委員長を無理に押しつけられたところから、恩地元の悲劇が始まります。それも平穏にこなしていれば、管理職への足かがりにもなっていたはずなのに、性分としての強い正義感と、与えられた仕事はすべて誠意をもってなしとげようとする律儀さが、私利私欲のためだけに会社を食い物にしようとする輩たちの逆鱗に触れて、海外の僻地勤務に追いやられていくのでした。そして「詫び状を書けば復帰させてやる」という言葉にも乗らず、11年間の流罪にも等しい扱いにもひたすら堪え忍んだというのは、本当に驚くべき「頑固」さと言わざるを得ません。自分の人生のためにも、家族のためにも、どこかでおりあいをつける道はなかったのかと凡人は考えてしまうのですが。
それでも、逆境にありながら常に自分のポストにベストをつくそうとした態度は、立派だと思います。特に遺族に対し誠心誠意をこめてつくす姿は、感動的でした。
主人公のように報復すら考えず、「組合の仲間を決して裏切ることはできない」と思い詰めている人間は、もう今の社会のどこを探しても存在しないような気がします。それだけに、納得いかないことがあっても、妥協を繰り返しながら生き続けている自分にも、人生のどこかでは「恩地」的な筋を通した生き方が大事かなと思ってしまいました。
原作にも登場するニューヨーク・ブロンクス動物園に書かれた「世界で最も危険な動物」と言われる人間たちの姿は、原作ほどの「えげつなさ」はありませんでした。経営再建中の日本航空に遠慮したのかもしれませんが。後半は恩地元や行天四郎の露出は原作より多くて、複雑でおどろおどろした人間関係は二人に焦点をあてて整理していたようです。そのため、10分休憩後の後半は迫力に欠けるきらいがあります。
最後の夕陽の中を疾走する場面。「何一つ遮るもののないサバンナの地平線へ黄金の矢を放つアフリカの大きな夕陽は、荘厳な光に満ちあふれている。それは不毛の日々にあった人間の心を慈しみ、明日を約束する沈まぬ太陽であった」というモノローグは、どんな人間の行いも、大自然に比べれば些末なものであるという作者の結局の思いがこめられているようでした。
主人公・恩地元を演じた渡辺謙。会社と家族の間で苦悩する良心ある人間の姿を熱演しておられました。行天の愛人役・三井美樹(原作とは異なる)を演じた松雪泰子、スチュワーデス姿が魅力的でした。
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