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2009年7月

2009年7月30日 (木)

「異人たちとの夏」~大阪公演 29日昼の部~を観て

 今日は僕の誕生日。さすがにこの歳になると、これまでにいろいろな人の死に巡り会いました。両親、親友、同僚、そして教え子。「異人たちとの夏」はこのように、もうこの世にはいない人たちとの、不思議なめぐりあいを描いています。

 山田太一の小説で読み、映画化された作品も観て、そして今度は舞台。亡くなった両親にもう一度会いたいと思う気持ちがあるからか、やっぱり観てしまいました。


 特に最後のすき焼き屋さんの場面。成長した息子を見届け、再び旅立とうとする父と母から、そんな立派な親にも夫にもなれなかった主人公が「よくここまでがんばったね」と声をかけられ、泣きながら「お父さん、お母さんありがとうございました」と頭を下げるシーン。ここは舞台になっても、いや舞台だからこそ今まで以上に、涙無くしては観ていられませんでした。両親が使っていた「わりばし」をそっとしまうところが、また切ないですね。
 
 夏はお盆があったり、終戦記念日があったりで亡くなった人のことをより考えてしまう季節です。これまでは、僕も自分という生きている人間の立場でこの季節を迎えてきたように思います。しかし、今日この作品を観て、亡くなった人からは、今の自分はどのように見えているのだろうかと考えてしまいました。両親からは、友達からは、なんて言われるのだろうかと。最後に主人公が言う「亡くなった人の気持ちを考えることで、自分は生きているということを感じることができる」というセリフも、心を打ちました。このお芝居のように、懐かしい町を歩いていたら亡くなった両親にふと出会えて、「元気にやっているか」なんて声をかけてもらえたら、どんなにうれしいことかと思ってしまいました。
 
 演出の鈴木勝秀と主演の椎名桔平のコラボは、一昨年の「レインマン」以来となります。今回も情感あふれるいい舞台でした。椎名桔平は何もかも失った孤独感が、異人たちとの出会いと別れにより、又生きていく意味を見いだしていく演技が素晴らしかったです。「レインマン」では華麗なリフティングを見せてもらいましたが、今回のキャッチボールも見事でした。初めて舞台で内田有紀を観ましたが、チャーミングな雰囲気から、最後はおどろおどろしくなるあたりの演技は見応えがありました。父役の甲本雅裕。なかなかの適役だったと思います。

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2009年7月25日 (土)

ドラマ「オルトロスの犬」 第一回を観て 

 満を持してという感じにふさわしく、ようやくTBS金曜ドラマ「オルトロスの犬」が始まりました。「ショーランナー」という複数の脚本家が、各シーンを持ち寄り競わせてストーリーを展開させるという実験的なドラマ制作も見所のひとつになっています。第1回を見た限りではよくわからなかったですが、そう言われれば雰囲気の異なるいくつかの要素に分かれている気もしました。死刑囚・竜崎臣司に女性刑事・長谷部渚が会いに行くシーンは「羊たちの沈黙」のレスターとクラリスの雰囲気に似ていたし、悪魔の手を持つ碧井涼介と、神の手を持つ竜崎が互いの超能力を「化け物」と呼んでいた場面は、NHKドラマの筒井康隆原作「七瀬再び」の雰囲気に似ていたようにも思います。たぶんそんな細かい事だけではなく、複数の脚本家のイメージにより予想もつかないミステリーにこれからなっていくような気がします。
 
 碧井涼介演じる錦戸亮。優しい心の持ち主であるのにもかわらず、いとも簡単に人を殺せてしまうという矛盾と葛藤を表現しなければならない難しいキャラとなりましたが、いままでにないシリアスな演技が期待されます。竜崎臣司演じる滝沢秀明。ほんとにいろいろな役を演じることのできる力量が備わってきたと思います。今回は彼の魅力である笑顔を封印して、エゴイストのキリストというような感じの、絶対にありそうにも無い悪人になりきらねばならず、どんな演技をしてくれるかが楽しみです。

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2009年7月19日 (日)

「炎の人 ゴッホ小伝」 19日 大阪公演を観て

 この劇で描かれるゴッホとゴーギャンと言えば、三谷幸喜の「コンフィダント・絆」を思い出します。そこでは創作上の物語として二人が登場していましたが、この「炎の人」では、史実にそってゴッホの生涯を展開させていきます。

 最初の場面は、思いがけず炭鉱のストライキから始まっていました。知らなかったのですが、ゴッホは画家になる前はキリスト教の伝道師をめざしていたのですね。貧しい人々のために献身的につくしていたことが描かれています。この作品を書いた三好十郎は、プロレタリア劇作家からスタートしたということもあり、ゴッホを通して見ようとしたのは、その日の食べ物にも事欠く労働者や、娼婦、売れない画家という社会の奥底で生きる人々の姿でした。そしてゴッホが描きたかったのは、そんな「土にまみれたジャガイモ」のような貧しくても、つつましやかで逞しい人々でもありました。

 しかし彼は結局、貧困や失意の中でパリに向かいます。パリで待ち受けていたのは、ロートレックやゴーギャンなど印象派の画家達。それに日本の浮世絵の影響も受け彼は、様々な技法をこらした絵を完成させていきます。だれかれなく議論をふっかけ、昂揚した気分に変わったことが演技からもよくわかりました。しかしそんな絵だけにしか打ち込めず、自分の考えを曲げないゴッホは「めんどうくさい人」としか観られず、絵の才能も認めれることはありませんでした。純粋な芸術だけではものにならず、社交性や受け狙いの要素を持ち合わせていないと大成しないということでしょうか。このあたりからゴッホの苦悩が始まります。

 第2幕は、ゴッホの絵が舞台いっぱいに映し出され、展覧会のような雰囲気で始まります。混乱したパリからはなれ、南仏のアルルでの生活が始まったとき、ゴッホらしいうねるような独特なタッチの絵が次々と誕生します。しかしここでも、絵を楽しみのために描こうとするゴーギャンと、禁欲的に絵に打ち込もうとするゴッホは対立してしまいます。自分の心の中の悪意とも戦わねばならなくなったゴッホは、ついに精神に変調をきたしてしまうのです。自分の「ひまわり」の絵を切り裂き、ナイフで自分の耳をきりつけるあたりは、鬼気迫るものがありました。
 
 生涯、1枚しか絵が売れず、最後は自殺で果てたゴッホ。何のために絵を描きづけたのか知るよしもありませんが、エピローグで語られた次の詩は胸を打ちました。
     貧しい貧しい心のヴィンセントよ!
     同じ貧しい心の日本人が今、
     小さな花束をあなたにささげて
     人間にして英雄
     炎の人、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホに
     拍手をおくる!
  飛んできて、聞け!
    拍手をおくる!
今度、ゴッホの絵を見る機会があったら、彼の無垢の魂を少しでも感じ取れたらと思います。

  ゴッホを演じられた市村正親さん。内省的なブリュッセル時代、どん欲的なパリの時代、そして、充実と苦悩があやなすアルルの時代、それぞれのゴッホをたくみに、しっかりと表現されていたと思います。ゴーギャン役の益岡 徹さん。かもしだす雰囲気がまさにゴーギャンでしたね。三役をこなした荻野目慶子さん。女性の生き様が鮮烈でした。 

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2009年7月12日 (日)

NHKドラマ「リミット 刑事の現場2」 第1回 ~その男は悪魔~を観て

 刑事の現場の第2シリーズ・「リミット」が始まりました。今回もベテラン刑事と駆け出し刑事とのせめぎあいをベースにしながら、所轄と本部、組織と個人、加害者と遺族、キャリアとノンキャリアなど様々な構図を描いていきます。

 特に今回は、刑事という仕事の目的を「市民を守るため」と言う若手刑事に対して、「警察は警察を守るために仕事をしているだけだ」とその正義感をベテラン刑事が一蹴するところが印象的でした。 若い頃は夢や希望を求め張り切っていたはずなのに、経験と歳を重ねるにつれ現実と生活の重さにうちひしがれ、いつしか一枚一枚脱ぎ捨てるかのように、夢も希望も置き去りにしていくというのが人生のようにも思えます。 しかし、ベテランは青臭い夢は枯れても、自分の仕事に自信や誇りがあるはずだし、このドラマでも周りがどうあれ、刑事としての生き方を示している姿を感じることができました。

 また今回はインターネットや無差別殺人などを絡めていく中で、生きにくくなった現代社会の人間が抱える闇の部分を、登場人物の過去を通して展開していくようです。 
 森山未來演じる優秀な若手刑事は、前回よりも刑事姿が板についてきたように思いました。また意地を通すだけではなく、おりあいをつけようとする大人ぽっさも出てきたようです。
 ベテラン刑事役の武田鉄矢はどうしても「金八先生」のイメージが抜けなくて、刑事になかなか見えないのが難ですが、その説教ぶりは健在です。
 誰でも良かったと殺された被害者の遺族の無念さを、斉藤洋介が見事に演じていました。「どうだ俺はこれだけ社会を憎んでいるのだ」と顕示したいがために、何の罪もない人の命や家族の命や幸せを奪っていく犯罪者。そんな犯罪者に対して「優しさによる救済か、憎しみによる厳罰か」というドラマのテーマは裁判員制度が始まり、刑事だけではなく我々市民が犯罪をどうみるかという問題にもかかわってきそうです。

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2009年7月 5日 (日)

松田聖子”SEIKO MATSUDA CONCERT TOUR 2009” 5日 大阪城ホール

”SEIKO MATSUDA CONCERT TOUR 2009”へ行ってきました。”My Precious Songs”と銘打って彼女のお気に入りの数々の歌を聞くことができました。来年でデビュー30周年だそうですが、僕は何を隠そう若い頃から松田聖子のファンなんです。

 よく話題になる彼女の生き方についてはほとんど関心はありません。ただ彼女の歌が好きなのです。歌そのものの上手さもありますが、ポップスだけど心のこもった歌い方にずっと惹かれていました。 今日の大阪城ホールを埋め尽くした観客はやはり、僕のような往年のファンがつめかけていたようです。

 今日の松田聖子の出で立ちは、最初がセクシー、次にシック、そして最後がはじけたまさにSEIKOスタイル。元祖アイドルから、今は成熟したオールラウンドのタレントになってられるなと感じました。MCでは時々「おばさん」が入ってましたが、観客からのかけ声に絶妙に応じてられたのもさすがだと思いました。特にソフトバンクのコマーシャルの話がおもしろかったです。

 また知らなかったのですが、リクエストタイムというのがあるんですね。客席からリクエストする曲の横断幕がかかげられそこから、みんなの拍手で選ぶという趣向。結局、「大切な人」「制服」など4曲が選ばれましたが、聖子ちゃん自身が「これいいよね」と独断で選んでいた感も無きにしもあらず。そう言えばこのコーナーの司
会にバンドのリーダーである小倉さんを指名しておきながら、ほとんど完璧に自分でしきってしまったところなど、すべてマイペースな聖子ちゃんらしいところかなと思いました。

 歌の方はメドレーで歌われた「青い珊瑚礁」「夏の扉」「渚のバルコニー」などなつかしい歌に、さまざまな思い出が去来してきて胸か熱くなりました。

 最後は亡くなったマイケル・ジャクソンをしのんで、彼の歌をムーンウォークと併せて披露されていたのが印象的でした。

 全体の感想として、松田聖子健在なりですね。それどころか、さかんに小さな子から「聖子ちゃんかわいい」と声をかけられていましたが、これからも益々幅の広い音楽活動をされるのだろうと思います。ただ僕の好きな「瑠璃色の地球」が聞けなかったのが唯一残念なことでした。

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映画「蟹工船」を観て

 原作に漂う蟹工船の臭気をも感じさせてくれる映像だったと思います。また原作には無い来世を願うお遊び的な所も、心からは笑えない雑夫たちのまことしやかで、悲しい心情をよく表していました。

 無産階級(プロレタリア)と呼ばれた人々が、国家のためという美名のもとに、資本家や軍部に搾取され利用さていた構図が見事に理解することができます。国や支配者が精神主義で鼓舞することほど、疑ってかからねばならないものはありません。それは支配される者の過酷さを覆うってしまう隠れ蓑にすぎないからです。

 この映画で象徴的に使われていたのが歯車です。自分の力では回ることができず、ただひたすら機械の一部品として組み込まれているにすぎない歯車。それは、貧困層に生まれた運命に逆らえず、来世にしか望みを託すことができない労働者の姿そのものと思われました。しかし映画では、人間は人や社会に回され続ける歯車ではない、一人一人人間として自分らしく生きる権利があると立ちあがるのです。彼らが作った労働組合の旗にも、歯車同士が手を結ぶ絵が画かれていました。

 舞台は80年前ですが、現代風なタッチなところに我々の社会が抱える「貧困」という問題にも、迫っていたように思います。
 
 監督のSABUですが、示唆的で象徴的な構成や映像がうまいなぁと思いました。トイレに閉じ込められた雑夫の壁をたたく音が響くシーン、歯車がはずれて倒れるシーンなどが印象的でした。
 
 労働者のリーダーとなる新庄を演じた松田龍平。「死ぬことぐらい自分で決めたい」というマイナス思考から、「我々は立ちあがらねばならない」というプラス思考への変化を力強く表現していました。監督役の西島秀俊、メイクで悪役顔となり声をはりあげての熱演となりましたが、イメージが先行して役になりきれなかったところがあります。佐藤浩市のような人が良かったのでは。昨日、大阪薫英高校の先生が、パンフレットを持ってこられて谷村美月が本校の卒業生であると紹介されていましたが、いきなりの登場で驚きました。

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