映画「劔岳 点の記」を観て
若い頃は登山が好きで、夏の北アルプスにはよく登りました。そのころはそんな趣味もあって新田次郎の山岳小説は愛読書のひとつでした。「孤高の人」や「聖職の碑」、その他の短編集もよく読みました。その中でも、「剣岳 点の記」は最後の意外な顛末と共に、思い出深い作品の一つで、今回それが映画化されると聞くや、公開と同時に映画館に足を運びました。客席も登山愛好家らしい中高年の人でうまり、隣の年配のご婦人も出てくる山の名前を、感慨深げに復唱されていたし、映画が終わるやいなや図らずも大きな拍手が起きたのも、最近にない経験でした。
黒澤作品の名カメラマン、木村大作が監督ということで本当にどのように撮影したのかと思うぐらい、ダイナミックで美しい映像をスクリーンいっぱいに見せてもらいました。特に秋にじゅうたんのように染め上げられた山の姿や、雲海が赤くそまる夕日の場面などは息を飲むような美しさでした。その中、豆粒か蟻の行列のように尾根にとりつく人々の姿が映し出されると、自然に挑む人間があまりにも切なくもあり、けなげでもあり、そして実に強くもあるように思いました。「悠久の大自然の中では、人間の行いなどちっぽけなものにすぎない」というセリフがありましたが、都会で使うと臭い言葉も山の中では心に落ちるものがあります。
登山装備も十分でない100年前の日本で、ただ地図を作るという目的のために、危険をおかしてでも「死の山」と恐れられた剣岳の登頂に挑戦した人たちがいたことをこの映画は教えてくれます。「行ったことが大事ではなく、何のために行ったかが大事」と言われていたように、なしとげた事におごり高ぶらず、ただ淡々と自らにた与えられた「仕事」を全うしようとする主人公たちの姿に感動しました。最後の登頂成功の場面は物足りなく感じましたが、それをセンセーショナルに描くことがかえって登頂した彼らの意図に反するという思いがあったからなんでしょうね。
そして、実はこの映画の本当の主人公は、人間を拒みそして包み込む剣岳そのものにあったのだとも思いました。
測夫を演じた松田龍平、明治の若者には見えない雰囲気もありましたが、独特のキャラで作品を面白くさせていました。一番印象に残ったのはガイド役の香川照之。山を知り尽くし山に登りたいという人のために、山とおりあいをつける役柄を見事に演じていました。登山家役の仲村トオル、超然としたムードが測量隊と対峙できてストーリーを作っていました。主人公の測量手をつとめた浅野忠信、押さえた演技で誠実な人柄をよく表現していました。
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